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このページは、岩井志麻子さんの本の感想のページです。

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「ぼっけえ、きょうてえ」角川ホラー文庫(2002年7月読了)★★★★
【ぼっけえ、きょうてえ】…岡山外れの遊郭の遊女が客にした寝物語。津山近くの山村に生まれた彼女の母は、間引き専門の産婆。彼女自身生まれてすぐに川に捨てられたのですが、しかしそのまま2日間も生き延びたおかげで、母親にもう一度拾ってもらったのです。村八分になっていた母、双子として生まれてきた姉と自分、そして現在の自分について。
【密告函】…岡山県下に虎連刺(コレラ)が流行。病気がした患者は病院に隔離されることになっているのですが、実際に患者の出た家はそれを隠蔽していました。そんなある山村の役場に設置されたのは、虎連刺にかかった人間を密告する密告函。片山弘三は、密告の真偽を確かめて回る役目となります。
【あまぞわい】…「そわい」とは、干潮時に姿を現す岩場。瀬戸内海のとある島の漁村に伝わる「あまぞわい」の伝説は、ユミの祖母によると「海女」、ユミの夫である漁師の錦蔵によると「尼」の物語。
【依って件の如し】…農村の片隅に村八分状態で暮らしている兄妹。兄・利吉は日清戦争に出征し、妹のシズは農家に引き取られます。しかし人間扱いをしてもらえないシズは、牛小屋で牛と一緒に暮らすことに。兄が帰って来るのを待ちわびるシズ。しかし戦争が終わっても利吉はなかなか帰ってこず、その間にその農家の一家は強盗に惨殺されることに。

収められた短編4作は、どれも明治から大正の岡山が舞台。「ぼっけえ、きょうてえ」とは、岡山地方の言葉で「とても怖い」という意味だそうです。耳慣れない見慣れない岡山弁ながらも、それがとても自然に使われているので、読み始めから違和感は全く感じませんでしたし、それどころか独特の雰囲気を醸し出していて、とても効果的だと思います。カバー装画に使われている甲斐庄楠音の「横櫛」という絵も、作品の雰囲気にぴったり。 表題作「ぼっけえ、きょうてえ」は、第6回ホラー小説大賞と 第13回山本周五郎賞を受賞したという作品です。
4編とも、真夏の夜の生温い風と、ねっとりと濃密な闇が感じられるような作品ばかり。ホラーというよりも純和風の怪談と呼んだ方がぴったりときますね。じわりじわりと不気味さが身にまとわりついてくるようです。横溝正史的な恐怖。しかし私にとってはその不気味な怖さよりも、エロティックさの方が印象的だったかもしれません。一時代前の働いても働いても報われることのない貧しい農漁村では、楽しみといえば食べることか「オカイチョウ」だけ。それが人間の基本的快楽とは言え、働いている時以外は、本当にそれしかすることがないほどの貧しい生活なのです。そして女たちは子を孕むことを繰り返し、何の呵責もなしにその子を水子としてしまう。そして子供が流れたその日から、また同じことを繰り返す…。「エロティシズム」という言葉よりも、もっと暗く重くまとわりついてくるようなイメージです。「恋愛」ではなく、「性愛」とでも言えばよいのでしょうか。究極のエロティックを導き出すのは、究極の貧困 なのかもしれない…。などと思ってしまった作品でした。

「岡山女」角川ホラー文庫(2003年9月読了)★★★
【岡山バチルス】…商売が上手くいかなくなって泥酔した宮一は、日本刀でタミエを切り付け、その後自殺。タミエは左目を失い、そのせいか、ごく弱い霊感を得ることになります。霊感は評判となり、タミエは妾奉公から霊媒師へ。その日の客は、自分と双子同然の利子を探している由子でした。
【岡山清涼珈琲液】…その日の客は、その年1番のハイカラ商品・清涼珈琲液を扱っている相田商店の若主人。7日前に姑が突然いなくなり、前夜嫁の姿に姑が憑いていたというのです。
【岡山美人絵端書】…風の強い日、タミエは駅裏の舶来雑貨店へ。その店では最近美人絵端書が大人気。その店でタミエが一緒になった伊藤荘介は、なんとタミエと母を探していたのです。
【岡山ステン所】…「こしらえ映え」のする女・芳子は、15歳の頃に津山市内の豪農の息子・広吉に囲われるのですが、山陽鉄道の機関車の列車ボーイに惹かれ、駆け落ちしてしまいます。
【岡山ハイカラ勧商場】…タミエの元を訪れたのは斉藤という男。栄町勧商場の裏のカフェーに行くと、亡くなったはずのお内儀の半透明の姿が見えるというのです。タミエは早速勧商場へ。
【岡山ハレー彗星奇譚】…明治43年晩春。ハレー彗星が接近した頃、タミエを訪れたのは、貧しい村から出てきた夫婦。3年前に神隠しに遭った長男のことで、最近手紙が届いたというのです。

「ぼっけえ、きょうてえ」の怪談のような怖さと不気味さ、エロティックさは影を潜め、岡山弁もそれほど濃くありません。タミエの人生は一見悲惨なものではありますが、どこか飄々としたその性格のせいなのか、そんなタミエに依存しながらも逞しい両親のせいなのか、闇を隠し持つ客が次々に訪れても、その陰に死霊や生霊が垣間見えても、あまりドロドロとした怖さは感じないですね。むしろ「ぼっけえ、きょうてえ」に比べるとかなり柔らかく、読みやすくまとまった作品となっているように思えます。「ぼっけえ、きょうてえ」は夜の闇のイメージでしたが、こちらは遅い午後… 夕方のイメージでしょうか。
明治後期という時代、ハイカラなものが岡山にも浸透してきたこの時代の雰囲気がとても良かったです。清涼珈琲液、美人絵端書、ステン所、ハイカラ勧商場、箒星…そんな言葉の1つ1つがなんとも艶やかで妖しく、文明開化の頃の華やかな時代と、それを一歩遅れて追いかける地方の情景がしみじみと感じられる作品でした。

P.203「じゃけん、片目の人間も尊ばれる。神様に、他の人間と区別するためにつけられた目印なんじゃと」
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