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このページは、乙一さんの本の感想のページです。

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「夏と花火と私の死体」集英社文庫(2001年3月読了)★★★
【夏と花火と私の死体】…9歳の「わたし」と弥生、弥生の兄・健はいつも一緒に遊んでいます。しかし「わたし」が健のことが好きだと分かった途端、弥生は「わたし」を木の上から突き落とします。「わたし」の死体を見つけた健は、弥生と共に死体を誘拐事件に見せかけて始末しようとして…。
【優子】…戦後まもない頃、清音は鳥越家で女中として働き始めます。この家の住人は、小説家である主人とその妻・優子の二人。しかし優子は決して、清音の前に姿を見せることがなかったのです。

弱冠16歳で書いたというデビュー作。
「夏と花火と私の死体」は、まず物語を語る視点がとても面白い作品。ずっと「わたし」が中心となって話は進んでいきます。死んだはずの「わたし」はずっと意識を持ち、弥生と健の兄妹の行動を眺めており、その描写はとても映像的。人間とも幽霊とも違う何か別の存在の「わたし」の視点がとても独特で、不思議な雰囲気です。そして迎える驚きの結末。私は、正直あまり好きではないのですが、しかし16歳でこの作品を書いたというその実力には驚きです。「優子」の方も、同じように不思議な雰囲気の作品。ありきたりなネタかと思いきや、こちらも意外なラストが待ち受けており、幻想的な作品となっています。この雰囲気は、好きな人には堪らないかも。

「天帝妖狐」集英社文庫(2001年10月読了)★★★★
【A Masked Ball】…副題は「-及びトイレのタバコさんの出現と消失-」。タバコを吸うために、剣道場の裏側のトイレにわざわざ通う高校生・上村。しかし落書き一つない小奇麗なそのトイレに、ある日「ラクガキスルベカラズ」という落書きが。それに対する返事の落書きがあったことから、見知らぬ者同士5人の交流が始まります。
【天帝妖狐】…少年の頃、寝込んでいた時に試してみた「狐狗狸さん」。夜木は、何やら不思議な存在を呼び出してしまい、のめりこんでしまいます。自分の寿命があと4年だと知らされた彼は、永遠の命を得るために、狐狗狸さんをしている時に現れる「早苗」という存在と契約を交わすことに。

どちらの物語もまさに乙一ワールド。私は表題作よりも、仮面舞踏会ぶりが楽しい「A Masked Ball」が好きです。見知らぬ者同士がトイレの壁に落書きをすることでコミュニケーションをとる、しかし相手のことは何もわからない、というこの状況自体はいかにもありそうなのですが、でもその展開が上手いのです。落書きのやりとりも面白いですし、主人公と宮下という女の子のかけあいも楽しい。ホラーのような、ミステリのような、しかし微笑んでしまう個所もあり、場面によって色々と印象が変化する作品。途中である程度、結末の想像はつくのですが、やはり驚かされました。表題作「天帝妖狐」は、救いのがなさが辛い、とても切ない物語です。「夏と花火と私の死体」ほどのインパクトはないのですが、この不気味な雰囲気はまさしく乙一作品。しかし「妖狐」というのは分かるのですが、「天帝」という言葉には何か意味があるのでしょうか?それとも「天帝妖狐」で何か1つの存在を示す言葉なのでしょうか?

「石ノ目」集英社新書(2001年10月読了)★★★★
【石ノ目】…学校で美術の教師をしている「わたし」は、幼い頃山に入ったきり消息を絶った母親を探すために、夏休みに実家の近くの山へ。しかし斜面を滑り落ちてしまいます。気がつくと、山の中の一軒家に寝かされていた「わたし」。どうやらその家の持ち主は、妖怪「石ノ目」らしいのですが…。
【はじめ】…うっかりひよこを踏み殺してしまった耕平と敦男は、誤魔化すために、「はじめ」という女の子を作り上げます。しかし2人の空想上の存在だった「はじめ」は、いつしか現実の存在に。
【BLUE】…ぬいぐるみ作家のケリーが、人間の肌のような不思議な感触の布で、王子、王女、騎士、馬を作ります。そして余った布で作られた、できそないのBLUE。彼らはケリーの目の前で動き出します。骨董屋に引き取られた5体のぬいぐるみは、ある紳士が娘へのお土産として買い求めることに。
【平面いぬ】…高校生の「わたし」が友達の山田さんの家で彫ってもらった犬の刺青は、なんと生きていました。知らない間に位置を移動したり、「わたし」に構ってもらいたくて鳴き始めたり、「わたし」のほくろや赤い発疹を食べたり。そんな時、両親と弟が3人揃って癌の告知を受けます。

乙一さんの作品は、最終的には悲しい結末が待っていたとしても、どこか暖かい読後感ですね。普通なら現実感があまりなく感じられそうな話も、乙一さんにかかるとリアリティーを持った物語となってしまうのが不思議。「石ノ目」が若干ホラーがかってるような気はしますが、どれも全然怖くなくて、どちらかと言えばファンタジーという印象。
私はこの中では「はじめ」が一番好きです。耕平も淳男はもちろん、「はじめ」自身も、「はじめ」が幻覚だということを知っているというのが、とても切ないのです。この幻覚でしかないはずの「はじめ」の扱い方が、私にはとても新鮮でした。あとは、「BLUE」もいいですね。本来はこういう泣かせるタイプの話は好きではないのですが、これはなかなか読後感が良くて安心しました。…それにしても、どれも着想がとても面白いです。刺青の犬が動くなんて、普通考えつかないと思うのですが…。

「失踪HOLIDAY」角川スニーカー文庫(2001年3月読了)★★★★★お気に入り
【しあわせは子猫のかたち「HAPPINESS IS A WARM KITTY」】…人間関係が苦手な「僕」は、大学入学を機に親元を離れて憧れの一人暮しを始めます。しかし「僕」が生活を始めてみると、家の中には前の住人の飼い猫と、なにやら不思議な現象が。
【失踪HOLIDAY】…母の再婚によって大金持ちの一人娘となったナオ。しかし母はそれから2年後に病気で亡くなり、家には新しい母親が。継母との折り合いが悪いナオは衝動的に家出を実行、父親の気をひくために狂言誘拐を目論みます。使用人のクニコに協力させて、計画は順調に進むのですが…。

どちらもとても暖かいお話です。「夏と花火と私の死体」を読んだ直後に読んだので、尚更そう感じられたのかもしれませんが、作者が登場人物みんなをとても暖かく見守っているという印象。話としては、そう物珍しいものではないのですが、読後感もとても良かったです。「失踪HOLIDAY」の意外なミステリぶりも良かったですし、「しあわせは子猫のかたち」のほのぼのと暖かい雰囲気がまたとても素敵。私はどちらかといえば、表題作よりも「しあわせは子猫のかたち」が好きです。

「きみにしか聞こえない」角川スニーカー文庫(2001年9月読了)★★★★★お気に入り
【CallingYou】…内気な女子高生・リョウは、携帯電話で繋がっているクラスメートたちが羨ましく、自分も携帯を使う場面を空想。ある日のこと、その空想上の携帯に電話がかかってきて…。
【傷-KIZ/KIDS-】…家庭環境が原因で精神的に不安定な「オレ」と「アサト」は、小学校の特別学級のクラスメート。2人はアサトが「人の傷を自分に移すことができる」能力を持つことに気付きます。
【華歌】…列車の事故で恋人と生まれてくるはずの赤ん坊を失い、精神の均衡を崩して病院に収容された「私」。ある日病院の近くの森を散歩していると、そこには見たこともない小さな花が。なんと花が歌を歌っていたのです。そして「私」がその花を病室に持ち込むと、花の中からは小さな少女の顔が。

この3編の物語の主人公たちは皆何かしら心に傷を負っており、一般社会との折り合いが悪い不器用な人間ばかり。柔らかい心故の孤独感や疎外感とでも言うのでしょうか。そんな人物を描いた話は、どれもとても切ないのですが、しかし再び未来に希望を持つことができるようなラストによって、ほんのりと暖かい読後感です。
まず「CallingYou」の、頭の中のケイタイという設定が面白いですね。言ってしまえば妄想のようなものなのですが、現実との折り合い方のバランスがとても良いのです。ラストにも感動。「傷-KIZ/KIDS」のアサトは少し良い子すぎるような気がしますが…。天使がもし本当にいれば、アサトのような子のことを言うのでしょうね。透明な痛みを感じる作品。そして「華歌」。なんて素敵な話なんでしょう。幻想的な雰囲気がとてもいいですね。
羽住都さんの柔らかいイラストも作品にとてもよく合っていて、雰囲気を盛り上げてくれます。「失踪HOLIDAY」はミステリでしたが、こちらはどちらかと言えばファンタジー。「しあわせは子猫のかたち」が気に入った方は、おそらくこの本も気に入るのではないでしょうか

「暗黒童話」集英社新書(2001年10月読了)★★★★★お気に入り
白木菜深(なみ)は、ある日左目の眼球を失い、それと共に、それまでの記憶もすべてなくしてしまいます。見知らぬ両親や級友との付き合いに違和感を覚える菜深。事故の前までの菜深は、勉強も運動もできる人気者だったにも関わらず、今は何もできない落ちこぼれの存在でしかないのです。菜深は祖父のはからいで左眼の眼球移植手術を受けることになるのですが、その手術以降、菜深は新しい左眼によって不思議な光景を見ることに。何かを見ている時にふと左眼が暖かくなると、まるで映画のように不思議な夢が始まるのです。そしてその光景にどこか懐かしいものを感じた菜深は、その白昼夢の記録を取り始めます。

乙一さん初の長編は、読み応え十分。不思議な鴉の話から始まる物語は、童話のような形態なのですが、かなり残酷。しかしそれでも乙一さんの手にかかると、なぜだか美しく幻想的な物語のように見えてきてしまうのが不思議。菜深が雑踏の中で左眼の眼球を落としてしまうなどという状況も、実際にはあり得ないことなのに、まるでごく日常的な出来事のように、ごく自然に描かれています。ホラー、ファンタジー、ミステリ的要素が違和感なく同居していますね。
乙一さんは、少し落ちこぼれ気味だったり、受け入れられないでいる人間を、外側から観察しているだけではなく、内側から実感しながら描いているという印象。だからこそ救われるのでしょうね。

「死にぞこないの青」幻冬舎文庫(2001年10月読了)★★
マサオは小学校5年生。悪気はないのに、結果的に担任の羽田先生に嘘をついた形となってしまい、その日から羽田先生の標的となってしまいます。クラスの他の生徒が宿題を忘れても、授業中に騒いでも、何か問題があれば、それは全てマサオのせい。先生の感情はクラスメートにも浸透し、マサオは孤立し、いじめられることになります。しかしそのことは、クラスの中だけの秘密。マサオ自身もただ黙ってそれを受け入れていました。そんなある日、マサオの前に顔が青色の奇妙な男の子が現れます。どうやらその男の子は、マサオにしか見えないようなのですが…。

いかにも現実にありそうな話です。絶対的な存在としての教師について考えさせられてしまいます。いかに教職免許を持っていても、仕事を始めた時は20歳そこそこの若者。まだ世間も何も知らないというのに、いきなり「先生」と呼ばれてしまうのですから。おそらくこの羽田先生は、順調に周囲の期待に応え続け、挫折を知らずに大人になった人間なのでしょうね。挫折を知らないからこそ、必要以上にそれを恐れてしまう。…もしくはごく初期の段階、例えば小学校時代などに虐められた過去があり、しかし中学・高校と学校が進み、かつて自分を虐めた級友や教師と離れたのを良い機会に、別人のように明るく元気に振舞うよう努力した人間なのかもしれませんね。昔虐められたことがトラウマになっているとすれば、2度と同じ轍を踏まないために、こういう思考回路に陥ってしまうこともあるのかもしれません。自分が他人からどう見られているか、そればかり考えてしまうのです。…本来なら自分が受けた傷を思い出して、人に同じことはできないと思いたいのですが。
羽田先生の、どんどん深みにはまってしまう姿がリアルで怖かったです。しかし自分の能力を越えて無理をするというのは、やはりどこか歪んでしまうものなのですね。似たような話は、どこにでもあるのではないかと思います。普通の人間には、「アオ」の出現は期待できないのですが…。とても痛い話物語でした。しかし最後に出てきた女性の教師の一言に救われました。

「暗いところで待ち合わせ」幻冬舎文庫(2002年7月読了)★★★★★
交通事故で、ほぼ全盲になってしまったミチル。父親が亡くなってからは、一日中家の中で1人きり。保険金だけで食べていけるので、小学校の時からの友人・二葉カズエに連れ出される時以外は、胎児のように体を丸めて過ごす毎日。一方、印刷会社に勤める大石アキヒロ。彼は仲間と群れることを好まず、職場でも極力人と接触しないようにしていました。しかし誘われても飲みに行かない彼は、それが原因で職場の先輩に目の敵にされてしまいます。近所に住んでいるその先輩の話を偶然聞いてしまい、先輩に殺意を抱くアキヒロ。駅のホームから落ちる瞬間の先輩の表情を見て、アキヒロはそのまま目の見えないミチルの家に逃げ込み、居間の隅でじっと息を潜め続けることに。ミチルは、ふとした拍子にそんなアキヒロの気配を感じます。そして近くの交番の警察官が不審な男が来なかったか聞き込みに来たことから、それがニュースでやっている指名手配中の犯人だと感づくことに。

題名と装丁、裏表紙のあらすじからブラック系の話かと思いましたが、ほのぼの系の物語だったのですね。しかし室内限定で、スリリングなサスペンスも。
ミチルが見ることのできる光の描写が巧いと思ったのですが、それ以上に印象的だったのが、暗闇の描写。子供の頃は恐怖の対象だった暗闇が、視力を失ってからは「家の中という限定つきで、暗闇は毛布のように心地よく」なり、アキヒロが家の中に潜むようになってからは、「いつも落ち着いて自分のまわりにたちこめていた暗闇が、数日前から浮き足立っているように思えるのだ」「ほとんど顔見知りといってもいいほど親しかった暗闇が、わずかに緊張をはらんでいる」「これまでは暗闇に危険なものを感じていた。しかしそれが、少しだけ弱まった。どこか、空気が柔らかくなったように思う」と変化していきます。凄いですね。イマジネーションがふくらみます。
ミチルもアキヒロも人付き合いに関してとても不器用。そんな2人なので、距離はなかなか縮まりません。手探り状態で、ほんの少しずつです。しかし最初は緊張感をはらんでいた2人の関係が、些細なきっかけで緩やかに変化、そしてお互いの存在を明らかに認識し合うその過程がいいですね。初めて足音を立てた時、土鍋をつかまえた時、そして決定的な「手首をつかんだ」時。全てが丁寧に描かれているので、2人のぎこちないやり取りもとても暖かく伝わってきます。2人とも、言わば似たようなタイプの人間。「静かな閉じた生活」には、私にも憧れがあります。しかし1人が2人になった時、本当は1人でいるのは寂しいのだと気付いてしまうのですね。今まで他人を拒んでいたのは、1人でいるのが本当に心地良かったからではなく、人に拒まれるのが怖かったから。そして必要以上に傷つきたくなかったから。やはり人は1人きりでは生きていけないのですね。

「GOTH-リストカット事件」角川書店(2003年7月読了)★★★★★
【暗黒系 Goth】…夏休みの登校日、突然「僕」の机に見知らぬ手帳を机の上に置く森野。その手帳には、最近の連続猟奇殺人事件について詳しく書いてありました。まだ明らかではない事件のことも。
【リストカット事件 Wristcut】…森野と知り合ったのは、連続手首殺断事件がきっかけ。子供の頃から手が好きで、剪定鋏や肉切り包丁で人間の手も切断するようになった男の起こした事件でした。
【犬 Dog】…「私」とユカは、時々夜に儀式を行います。それは、町で見つけた獲物を橋の下の秘密の空地に連れていき、「私」と彼らが戦うというもの。そしてその屍骸を穴の中に捨てに行くのです。
【記憶 Twins】…黒い服装に白い肌の森野夜は、不眠症のため不機嫌で、まるで幽霊のよう。不眠症になると首に紐を巻きつけて眠るという森野は、どうしても眠れないと色々な紐を試してみます。
【土 Grave】…懐いてくれていた近所の少年・コウスケを溺死させた経験のある佐伯は、またしても自分で棺桶を作り、生き埋めにするターゲットを探していました。そして1人の少女に目をつけます。
【声 Voice】…「僕」は、7週間前に死体で見つかった北沢博子の情報を収集していました。そして森野もまた、死体の写真を入手。森野は市内の図書館で、見知らぬ人間に手渡されたのです。
【あとがき Postscript】…「できあがってみると、手帳と姉妹と犬の本になっていました」

第3回本格ミステリ大賞受賞作品。「僕」と森野夜の連作短編集。2人の共通点は、人間の処刑道具や拷問の方法など、人間の暗黒面への興味が非常に強いこと。ちなみにGOTHとはGOTHICの略。建築様式ではなく、ゴシック小説のゴシックからきているのだそうです。こういう興味は、GOTH特有の性質とのこと。
様々な異常快楽殺人者が登場するのですが、彼らの方が「僕」や森野よりも余程普通に見えてしまいます。彼らは見かけは普通の人間で、社会生活にも適応して暮らしています。しかし、「僕」はまだ、「人間関係を円滑にするため冗談も言う」人間なのですが、森野夜は、見るからに危ないはず。完全に壊れているはずの人間の方が普通に見えてしまうこと自体が一種のホラー。しかし恐怖とは少し違いますね。どちらかといえば、奇妙なズレにはまりこんでしまいそうな感覚。
この中では、「犬」にも驚きましたが、やはり「声」でしょうか。あれもこれも、このための伏線だったとは。森野も、実はまだまだ可愛らしい…。登場人物は皆、あまり一般的な感覚ではないのですが、勧善懲悪や社会通念を振りかざさず、無理矢理結論付けようともせず、公平な立場から見たままを描いているという感じがとても良かったです。主人公の妹の話もぜひいつか読みたいです。
あとがきで印象に残ったのは、「せつなさがウリの作家」という評価に対する戸惑いと、ドラマとミステリとの比重の話。確かに私も、乙一作品のせつなさはとても好きではありますが、まさか「せつなさ」という言葉が、乙一作品の良さを限定することになるとは思っていませんでした。ホームページの掲示板に書かれた言葉で「せつない」に対する軽い恐怖症にかかると聞いてしまうと、こうして気軽に感想をアップしていることに対して、とても考えさせられてしまいますね。そしてドラマとミステリとの比重の話。作家さんや作品にもよりますが、私としては基本的に、ミステリ部分よりもドラマ部分の比重が高いのです。ですから「途中で犯人が分かったよ」というのは、実は私にとってはあまり大した問題ではなかったりします。もちろん犯人当てが目的の本格作品で、あまり簡単に犯人が分かってしまうのは困りますが、乙一作品ではドラマ部分をとても楽しんで読んでいるので、あまり気にしないでと言いたくなってしまいます。

「さみしさの周波数」角川スニーカー文庫(2003年1月読了)★★★★★お気に入り
【未来予報 あした、晴れればいい】…小学校の時に仲良くなった、「僕」と清水加奈と古寺直樹。時々未来が見えるという直樹は、もし「僕」も加奈も死ななければ、いつか結婚すると言い出します。
【手を握る泥棒の話】…伯母とその娘が「俺」の住む温泉町へ。友人と興したデザイン会社が不調の「俺」は、金持ちの伯母のバッグの中に入っていた現金とネックレスのことを考え始めます。
【フィルムの中の少女】…小説の題材を探している作家に会った「私」は、所属している映画研究会で起きた不思議な出来事を語ります。部室のソファの後ろで見つけた現像済みの8ミリフィルムに映っていた少女が、フィルムを見るたびに、少しずつこちらを向こうとしていたのです。
【失はれた物語】…気付けば真っ暗な静寂の中に寝かされていた「自分」。唯一かすかに動く右手の人差し指で、妻との会話が始まります。妻は右腕の内側に文章を書き、腕の上でピアノを弾くことに。

淡々と綴られる4つの物語は、淡々としていながらも、それぞれにとても印象的。それぞれの人間の心の中の微妙な色合いを感じます。どれも決して軽くはない、どちらかといえばやるせないほど重い物語なのに、しかしそうは感じないのが不思議なほど。人生を暗くも辛くも苦しくもするのは、その人生を歩んでいる本人次第といったところでしょうか。暖かく包み込んでくれるような雰囲気があります。いつの間にかどこかに置き忘れてしまった「想い」を取り戻すような物語です。
「未来予報」は、雑誌「TheSneaker」の「せつない話特集」のために書かれたという通り、とても切ない物語。「二つの未来は隣り合わせで、不確定だったんだ」という言葉が重く響きます。もし彼があの時その発言をしなければ、あるいは違う未来が開けたのでしょうか。「手を握る泥棒の話」は、最後のオチがとても好きな物語。しかしこの題名は、あまりにそのままですね。「フィルムの中の少女」は、「こわい話特集」のために書かれた物語。ぞくぞくするような怖さもありますが、しかし同時に救いも感じられます。「失はれた物語」本当は暗く重い物語のはずなのに、「自分」を中心に置くことによって、「自分」の諦観に却って救われ、浄化されているようです。
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