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このページは、大倉崇裕さんの本の感想のページです。

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「三人目の幽霊」創元クライム・クラブ(2003年12月読了)★★★★お気に入り
【三人目の幽霊】…出版社に就職した間宮緑の配属先は「季刊落語」編集部。落語をまるで知らない緑は、月島商店街にある寄席・如月亭に通う毎日。折りしも、長年反目していた落語界の重鎮が和解して二門会が開かれようとしていました。しかしその二門の高座にトラブルが続発するのです。
【不機嫌なソムリエ】…緑は、親友の野島恭子がソムリエを務めるワインバーへ。しかし恭子がマスターソムリエの篠崎雄介に、接待予定の客の写真を見せて相談をしていた時、篠崎の表情が豹変します。
【三鶯荘奇談】…三鶯亭菊太郎の妻が交通事故で入院。菊太郎が巡業に出ている間、緑が菊太郎の息子の正人を預り、今は亡き菊司の別荘に滞在することに。しかしここには幽霊が出るという噂が…。
【崩壊する喫茶店】…3年ほど前に失明した祖母が、毎日のように額に入った半紙大の白紙を凝視し、がっくりと肩を落として何事かを呟いているのを見て、緑は祖母が惚けてしまったのかと心配します。
【患う時計】…菊丸に預けられていた、名人菊朝の息子・華菊が、真打昇進を機に実の親の元に戻るという噂が立ちます。しかしその時、華菊を狙ったらしい陰湿な邪魔が相次ぎ…。

表題作「三人目の幽霊」は、第4回創元推理短編賞佳作受賞作品。
「季刊落語」の編集長・牧大路と、唯一の部下で目下落語を勉強中の緑が、次々に落語界周辺、もしくは自分の周囲で起きた謎を解きほぐしていくという連作短編集。落語がモチーフで、しかも日常系の謎といえば、やはりまず北村薫さんの円紫さんシリーズが思い浮かびますが、しかしこの2作品の落語に対するスタンスはかなり違いますね。落語が物語の味付けとなっている円紫さんシリーズに対し、こちらの方が落語の世界にもう一歩踏み込んでいるという印象。落語があってこその物語で、読んでいると本物の落語が聞いてみたくなります。どちらかといえば、同じく落語界が舞台となる、佐藤多佳子さんの「しゃべれどもしゃべれども」の方が近いです。
しかし気になるのは、1冊の中に落語界に踏み込んだ作品と、落語が味付け程度の作品が交互に並んでいること。「不機嫌なソムリエ」と「崩壊する喫茶店」の2作品は、作品としてとても好きなのですが、このシリーズに入れる必然性があったのかどうか…。このバリエーションが読者を飽きさせないのかもしれませんが、私としてはやはり、落語界に一歩踏み込んだ作品ばかりで統一して欲しかったです。「三人目の幽霊」のラストは絶品でしたし、「三鶯亭奇談」も、思いがけないサスペンスに落語がとても綺麗に絡んでいましたし、3作を通して人を楽しませるプロである噺家たちの、高座を降りた時の素顔が垣間見れる部分がとても好きです。そこに、東京創元社ならではの仕掛けが施されていれば、言うことなしでしょうか。しかしどちらにしても、なんとも暖かい日常系の謎の作品で、安心して読める1冊。続編にも期待したいです。

「白戸修の事件簿」双葉文庫(2005年11月読了)★★★★★
【ツール&ストール】…大学4年生で、卒業のかかった試験を目前に控えた白戸修の元を訪ねて来たのは、1足先に大学を卒業して、警察関係の業界紙の仕事をしている八木純矢。古書店店主の殺人容疑で追われているというのですが…。
【サインペインター】…その日かかってきたのは、同じ大学の友人・倉田国男からの電話。事故に遭ってしまったため、深夜のバイトを代わって欲しいというのです。
【セイフティゾーン】…銀行の預金残高にあるはずの1万円がなくて驚く白戸。応接室に通された白戸がトイレを探していると、銀行強盗が…。
【トラブルシューター】…買ったばかりで誰も知らないはずの携帯にかかってきた電話。間違いだと言う前に電話は切れてしまい、緊急事態という言葉に白戸は中野駅へ。
【ショップリフター】…入社式のためのスーツを買った丸三デパートへと向かった白戸は、再度の直しのために時間を潰していたCDショップで万引きと間違えられることに。

「ツール&ストール」からの改題。「ツール&ストール」は、第20回小説推理新人賞受賞のデビュー作品。
生来のお人好しのせいで、いつも事件に巻き込まれてしまう白戸修の連作短編集。なぜか中野駅が鬼門の彼は、「中野駅」と聞くだけで嫌な予感がするほど。しかし本人も分っていながら逃れられないのが可笑しいですね。ミステリのシリーズは、どのようにして主人公がそれらの事件に絡んでいくかというのが大きなポイントとなりますし、いかにわざとらしくなく事件に参加させるかが作者の腕の見せ所だと思うのですが、この巻き込まれぶりは本当にお見事。しかも白戸修がいつも探偵役かといえば必ずしもそうではなく、もちろん彼自身が真相に気づいてそれが解決に繋がることもあれば、巻き込まれているうちに何となく解決してしまう時もあり、変則的。白戸の人徳としか思えない周囲の助けも印象に残ります。しかもお人好しの巻き込まれ型だといっても、いざという時には行動力を見せてくれるのもポイントですね。
ちなみに「ツール&ストール」とは、スリの役割のこと。ストールは目くらましの役で、実際に掏り取る役はツール。スリやステ看、ストーカー、万引きの実態や対処法など、それぞれの犯罪に関する知識も得られて楽しいですし、ピカレスク小説的な雰囲気もあります。その薀蓄を楽しんでいたら突然真相が現れて意表を突かれたりと、事件が起きて探偵役が推理するという通り一遍のミステリとは少し角度の違う展開も楽しかったです。脇役となる人物たちもいいですね。特に印象に残ったのが、「ツール&ストール」で出会う山霧純子や、「トラブルシューター」に登場する私立探偵の北条隆一。「セイフティゾーン」で相棒になる芹沢のその後も気になります。
主人公の抜け具合に愛嬌があるせいか、どの作品も後味が良くほのぼのとしています。これはぜひ続編も書いて頂きたいものですね。

「七度狐」創元クライム・クラブ(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
季刊落語編集部の間宮緑は、編集長・牧大路に言われて、静岡の山奥の杵槌村で行われる上方落語の名門・春華亭古秋一門会を取材することになります。現在北海道に出張中の牧も、後から遅れて参加予定。その一門会は、6代目古秋の引退に伴う7代目古秋の名の継承、6代目古秋の一言で継承者が決まるという大事な会なのです。緑は古市・古春・子吉という6代目古秋の3人の息子たちの最後の通し稽古を見学します。3人ともに甲乙つけがたい名人級。しかしその日の晩、最初の死体が発見されることに。そして折からの豪雨のために道路が分断され、杵槌村は陸の孤島状態になります。

「三人目の幽霊」に続く、落語界のシリーズ第2弾。
前作は落語の世界だけには留まらない日常の謎の物語を集めた連作短編集でしたが、今回は落語の世界の中で起きる、落語の世界ならでの物語。しかも陸の孤島で起きる見立て連続殺人事件には、「古秋」という名前を巡る一族のどろどろとした確執、芸への執念が絡み、さらには牧が安楽椅子探偵役もこなすことになるという、本格的ミステリの王道をいくような作品です。
前作で登場していた三鶯亭一門は江戸落語でしたが、今回登場の春華亭一門は上方落語。そして今回重要なモチーフとなるのは、「七度狐」の噺。現在では、化かす場面が2つしか語られないというこの噺ですが、その昔は7度全てが語られてたのだそう。しかし長すぎたり飽きられたりしがちなこの構成を、5代目古秋が見事に復活させる考えを持っていたということで、大倉崇裕さんによるこの新しい演出が、作品の重要なキーワードとなっています。見立て殺人を扱ったミステリは多くあれども、これほど物語の内容に密接しているというのは珍しいのではないでしょうか。そしてその内容がなかなか明かされないというのもいいですね。思わせぶりなプロローグで語られる45年前の過去と現在の繋がりもとても効果的だと思いますし、真相はある程度見当がついていたものの、それを上回る驚きが待っていました。そして落語の物語らしく、ラストの落ちがまた最高なのです。
私は「七度狐」の噺を知らないので、2度化かしてみせる通常語られている噺と、7度化かしてみせる大倉崇裕さん創作の噺、どちらも実際に聞いてみたくなりました。
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