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このページは、奥田英朗さんの本の感想のページです。

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「邪魔」講談社(2003年9月読了)★★
東京の西のはずれ本城市。本城署の警部補・九野薫は、7年前に妻を交通事故で亡くして以来、不眠症に悩み精神安定剤に頼る日々。工藤副所長の命令で同僚の花村を張り込んでいる時に、オヤジ狩りを仕掛けてきた3人の不良少年たちを逆に殴って怪我をさせ、花村に尾行がバレてしまいます。花村は地元の暴力団・清和会と癒着しており、しかも結婚していながら、元婦警で現在ホステスをしている脇田美穂と関係があるという人物。署内での会議で工藤を怒らせ、目をつけられていたのです。同僚に尾行されていたことを知った花村は激怒、脇田美穂が以前九野と付き合っていたこともあり、九野を逆恨みすることに。一方、及川恭子は34歳、2人の子供を持つ平凡な主婦。夫の茂則が本城市に転勤になったのを機に念願のマイホームを購入し、自分はスーパーのパートに出る毎日。ある日恭子の元にかかってきたのは、スーパーの別の支店に勤めているという小室和代からの電話でした。パートの待遇改善を求めようという話に、面倒なことには関わりたくないと思う恭子。しかしそんな時、恭子の夫の茂則の勤める会社で放火事件が起こります。

第4回大藪春彦賞受賞作品。
渡辺裕輔を中心とした不良少年3人組、本城署に勤める刑事・九野薫、そして主婦・及川恭子などを中心に、様々な人間模様が入り乱れ、絡み合いながら物語は展開していきます。この中で一番印象的だったのは、ごく平凡な主婦だったはずの恭子が、どんどん運命を狂わされていく部分。夫の性癖を知っているだけに、夫を心から信じることができず、しかし薄々察しているにも関わらず、本人の口からはっきりと聞いてしまうのも怖い。そして現実から逃避するかのようにスーパーでの抗議活動にどんどんのめりこんでいく彼女。本当はマイホームと2人の子供たちを守りたいだけだったはずなのに、その行動は徐々にずれていってしまうのです。この展開にはとてもリアリティがあり、なんとも怖かったです。一旦狂ってしまった歯車は、もう誰にもは止められないのですね。
妻を交通事故で亡くして以来不眠症で悩む九野も、高校に通いながら悪友とつるむ渡辺裕輔もまた、現実を直視できていない人間。しかし恭子の存在感に比べると、少々役不足のように感じられてしまいました。様々な人間の人生が重なり合い、怒涛のように破滅へと突き進むという展開は良いのですが、なかなか焦点がはっきり分からず、物語に入り込みにくかったです。私としては、中心となる人物を恭子1人、もしくは恭子と九野の2人に絞って欲しかった気が。しかしラストのクライマックスは圧巻。後味こそあまり良くありませんが、非常にリアリティのある結末だと思います。

「イン・ザ・プール」文藝春秋(2004年8月読了)★★★★
【イン・ザ・プール】…身体の不調を訴えて伊良部総合病院に連日通い詰めていた大森和雄は、内科医に勧められ、神経科の診療を受けることに。そして始めた水泳に徐々に依存するように…。
【勃ちっ放し】…3年前に妻と別れた田口哲也は。元妻・佐代子とよりを戻してリアルにセックスをする夢を見たのがきっかけで、持続勃起症になってしまいます。
【コンパニオン】…自分の美貌とプロポーションは誰にも負けないという自信を持つ安川広美。いつしか、まとわり付くような何者かの視線を感じるようになり、伊良部の診療室を訪れることに。
【フレンズ】…1日に打つケータイのメール数が200を超えた高校2年生の津田雄太。ケータイ依存症
【いてもたっても】…ルポライターの岩村義雄は強迫神経症。3ヶ月ほど前からたばこの火の始末が気になり始め、出かけようとするたびに5回も6回も部屋に戻って確認してしまうのです。

伊良部総合病院の地下にある神経科には、医学博士の称号を持つ伊良部一郎がいます。45代前半に見える、色白で太った伊良部ですが、実は35歳。強度のマザコン。診察もろくにせず、カルテを見て勝手に診断を下し、何かといえば看護婦のマユミに注射をさせる伊良部。患者たちは煙に巻かれ、しかし毎日のように通 っているうちに、いつしか心の平安を取り戻していた… という連作短編集。
どう見ても正常な神経科医とは思えない伊良部ですが、逆にその突飛な言動で患者たちの毒気を抜き、その反面 教師ぶりで、患者に自分自身と向き合う機会を与えているようです。荒療治とはこのことですね。それでもこれが、ごく普通 のカウンセリングや投薬による治療よりも余程効果的。問題の表層だけではなく、根底から治してしまうのですから。伊良部の何ごとにも束縛されない開放感に、患者も真面 目に考えこむことが馬鹿馬鹿しくなってしまうようです。しかし、これを狙って実行しているのであれば名医と言えますが、伊良部の場合はどう見ても天然。自分の欲望に素直に生きているとしか見えません。それでも、伊良部はいくつか重要なポイントを抑えているようですね。それはまず患者に話をさせること。そしてその話を否定したりしないこと。そして患者を患者としてではなく、1人の対等な人間として扱うこと。結局、現代社会では、ただ話を聞いてくれる存在が少ないのが一番の問題なのかもしれませんね。
この中で一番印象に残ったのは「フレンズ」。私は全くケータイ中毒ではありませんが、この話が一番身近に感じられましたし、そして雄太の姿がとても痛々しく感じられました。雄太のようなタイプは、今時の若者にとても多そう。しかしこの作品の吹っ切れたラストがとても良かったですし、マユミもとてもいい味を出していて良かったです。

「空中ブランコ」文藝春秋(2004年8月読了)★★★★★お気に入り
【空中ブランコ】…新日本サーカスに生まれ育ち、現在空中ブランコのリーダーの地位にある、32歳の山下公平は、キャッチャーの内田が自分の手を掴めないことに苛立っていました。
【ハリネズミ】…紀尾井一家の若頭、32歳の猪野誠司は、尖端恐怖症。ヤクザが尖端恐怖症では仕事にならないと、伊良部総合病院を訪れます。
【義父のヅラ】…麻生学院大学の講師で、付属病院に勤務している池山達郎は、義父である医学部の学部長・野村栄介のカツラを取ってしまいたくなる衝動と戦っていました。
【ホットコーナー】…32歳の坂東真一は、プロ野球の選手。カーディガンズに入った1年目からサードのレギュラー、オールスターの常連。しかし三塁から一塁への送球ができなくなっていたのです。
【女流作家】…星山愛子は28歳でデビューし現在8年目、30冊以上の小説やエッセイを出している流行作家。しかし最近小説を書いていると、以前書いたネタではないかと不安でたまらなくなるのです。

伊良部一郎シリーズ第2弾。今回も面白いです。第131回直木賞受賞作品
今回の患者は、全員が30代。がむしゃらに自分の地位を築いてきた20代を過ぎて、中堅・ベテランと言われる域に達した頃の年齢。しかし一歩立ち止まって振り返った時、それまでの生き様の何かが、現在の自分にしこりとして残っているのを感じてしまうのですね。そんな患者たちに相対する伊良部の言動は相変わらずで、治療といえば連日の注射のみ。治療をするどころか、伊良部は患者と一緒になって空中ブランコを練習してみたり、野球をやってみたり、悪戯を仕掛けてみたり。それでも読み手の私が多少伊良部に慣れたせいもあるのか、それともややパワーダウンしているのか、「イン・ザ・プール」の時に比べると愛嬌が感じられましたし、どこか着実な面 も見せてくれました。単なる子供っぽいわがまま坊ちゃんではなく、頭の良い人なのですね。この中で私が特に好きなのは、「義父のヅラ」。伊良部の企む悪戯が、またなんとも可笑しくて可愛いのです。
今回は伊良部の大学時代の友人も登場。伊良部の学生時代のエピソードも楽しめます。しかし18歳にして、すでに講師のような貫禄を備えていたのですね。しかも最初から神経科ではなかったとか…。なぜ神経科になったのかという理由も、あまりに伊良部らしくて納得です。

「サウスバウンド」角川書店(2005年7月読了)★★★★
小学6年生の上原二郎は、21歳でグラフィックデザイナーをしている姉・洋子と小学4年生の桃子、父・一郎と母・さくらの5人家族。父は表向きはフリーライターで小説も書いているのですが、ほとんどは毎日のように家でごろごろしているだけ。区役所から国民年金課から来た職員には居留守を使い、会えば体制に雇われているイヌになど話をする気はないといい、家庭訪問の教師・南愛子には君が代斉唱や日の丸掲揚、天皇制について議論をふきかける始末。実は上原一郎は、警視庁のホームページにも載っているような伝説の過激派の闘士だったのです。そんなある日、同じクラスのサッサこと佐々木かおりの誕生日パーティに同じクラスの楠田淳や向井やリンゾウと一緒に呼ばれたことから、二郎たちは黒木が普段つるんでいる不良中学生に目をつけられることになり…。

第1部は東京の中野での物語。区役所から警察から学校までありとあらゆる「官」が虫よりも嫌いだという父・一郎は様々な問題を起こし、二郎や桃子はその風当たりをまともに受けることになります。フィクションだとは分かっていても、そんな父に左右される二郎たちが気の毒になってしまうほど。一郎には一郎なりの論理があるのでしょうけれど、小学生の子供にまでその考え方を押し付けるのは酷。小学生には小学生なりの社会があるのですから。しかし私も学生運動の時代についてはよく知らないのですが、日本赤軍の最高幹部・重信房子が逮捕されたのが2000年のこと。ここまで極端ではないにせよ、こういった家庭は案外まだ存在しているのかもしれませんね。
そして第2部になると舞台は西表島へと移り、かなり様子が変化します。一郎が働くようになり、それまで夫にただ我慢していたような妻のさくらも生き生きとしてきます。子供たちを学校にやるつもりはないと言うところなど、その発言は相変わらずなのですが、しかし発言に行動力が伴ってくるせいか、その見え方はぐんと違います。東京にいた頃の一郎を応援する気になる人はあまりいないのではないかと思いますが、気付けば後半の一郎を応援してしまっていたという人も多いのではないでしょうか。作中では様々な問題が起こりますが、校長の朝礼での話がとても良かったですし、結局これがこの作品での一番の重要ポイントなのでしょうね。二郎や桃子もぐんと逞しくなるのが嬉しいところです。
社会的な要素もたっぷり含まれていますが、上原一郎は「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」伊良部にも負けない濃い個性の持ち主。スピード感とユーモア、そして愛情がたっぷりの作品でした。
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