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このページは、岡嶋二人さんの本の感想のページです。

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「焦茶色のパステル」講談社文庫(2003年4月再読)★★★★
大友香苗の元に東北の幕良署から電話が入ります。夫の隆一が幕良牧場で撃たれて重傷だというのです。香苗はすぐに幕良へ。しかし隆一は既に息をひきとっていました。隆一と一緒に死んでいたのは、牧場長の深町とサラブレッドの母子・モンパテットとパステル。実は隆一が撃たれる2日前にも東陵農大の講師をしている柿沼幸造が殺害され、刑事が香苗を訪ねて来ていました。1週間ほど前に2人で内密の話をしていたというのです。そして10日余りが過ぎ、隆一の葬式を済ませた香苗がアパートの部屋に帰ると、自宅には何者かが侵入した形跡が。隣人にも9日前に一度帰って来ていたのではないかと言われた香苗は、気味の悪さから、友人の綾部芙美子の部屋に転がり込みます。綾部芙美子は、香苗が働いているヤマジ宝飾と同じビルに入っている競馬専門の雑誌社「パーフェクト・ニュース」に勤めていました。そして香苗と芙美子は、隆一の死や一連の事件について考え始めます。

岡嶋二人デビュー作にして、第28回江戸川乱歩賞受賞作品。
英国などではディック・フランシスのシリーズを始めとして色々と競馬をモチーフにした作品があるようですが、日本では珍しいですね。競馬の競走馬というのはかなりの金額が動きますし儲けも生まれます。しかも人間と馬とのドラマが存在します。ただ、やはりイメージの違いが大きいんですよね。日本での競馬は赤鉛筆と競馬新聞を持ったおじさんのイメージですが、英国では貴族が好むゲームですから。
探偵役となるのは、競馬には全くの無知の大友香苗と競馬通の綾部芙美子の2人。デビュー作のせいか2人の状況についてやや分かりづらく、感情移入できるようになるまで少しかかりましたが、しかしこの芙美子という女性がとても魅力的で、気がついたら物語に引きずり込まれていました。競馬に関しては全く知識のない読者でも、競馬通の周囲の人間が香苗のために説明するという体裁で様々なことが分かりやすく説明されていますので、まるで無理なく読めると思います。離婚も考えていた香苗が実際問題としてここまで動くのかどうかは少々疑問だったのですが、競馬好きの芙美子に後押しされるようにして謎に取り組むようになる過程がとても自然。隆一に対して持っていた感情に対する罪悪感もありますし、それまで競馬に興味のなかった香苗が真島の説明を聞いて意外と楽しいと感じるというのも十分あり得ることだと思います。そこに押しの強い芙美子が加われば、お膳立てとしては十分ですよね。
せっかくの宝飾店や彫金教室というモチーフをもっと生かして欲しかった気もしますが、読み終えてみるとなかなかの社会派ミステリでした。この題名、そのまんまですね。(笑)

「七年目の脅迫状」講談社文庫(2003年4月再読)★★★★
日本中央競馬会に八百長レースを要求する脅迫状が届きます。それは「10月2日・中山・第10レースの1番の馬を勝たせよ」という要求で、どす黒く固まりかけた血液らしい液体が入った容器が同封されていました。この要求が容れられない場合は、未だ治療法も予防法も見つかっていない伝貧(馬伝染性貧血)ウィルスを、牧場にいる馬に接種するというのです。しかしこの脅迫状は悪戯だと思われ、結果的に黙殺されることに。するとレースの後、北海道日高富多見の殿谷牧場にいるラストコールに伝貧ウィルスを接種したという手紙が。ラストコールは2億円もかけてカナダから輸入したサラブレッド。しかし本当に感染が確認され、なす術もなく薬殺されることになります。そして2通目の脅迫状が届き、またしても黙殺した格好の日本中央競馬会に対して、今度は富多見の室下牧場の秋風ノ参に伝貧ウィルスを接種したという手紙が。事件を明らかにすると日本競馬界そのものの崩壊の恐れもあることから、中央競馬会の理事会は、警察に対して内密な捜査を依頼します。そして理事の1人・江田川勲は、中央競馬会の保安課員である八坂心太郎にも、警察とは別に調査を依頼。八坂は江田川のかつての義理の息子だったのです。八坂は犯人が富多見の牧場を狙っていると考えて、早速北海道へ。

競馬ミステリ第2弾。今回は日本中央競馬会への脅迫が、7年前の伝貧大流行へと繋がり、7年前の事件の真相が徐々に明らかになっていきます。単なる金銭目的の脅迫かと思いきや、犯人の本当の目的は… という膨らませ方が上手いですね。とても複雑に組み合わさった出来事がよく計算され、練りつくされているという印象。出てくる人物人物全て怪しく感じてしまうのですが、それでも最後の結末には驚かされます。世間一般では、前作の「焦茶色のパステル」の方が評価が高いのではないかと思いますが、私はこの作品も「焦茶色のパステル」と同じぐらい好きです。むしろこちらの方が作品の世界に入りやすかったかもしれません。
八坂がただの素人にしては鋭すぎるとか、八坂と同じ便で北海道に来ていた女性が見合いの相手だったというのは都合が良すぎるとか、そういうのは確かにあるのですが(笑)、しかし堀佳都子の存在が物語に華を添えているのは確かですし、あまり気にしなくてもいいかと思います。お見合い相手と偶然出会うにしても、現地で出会って恋をするにしても、どちらにしても都合良く感じてしまうと思いますし…。それよりも、八坂自身にもう少し強烈な個性があれば、言うことなかったかもしれませんね。一見、話がとんとんと進むのが不思議になってしまうほどの、あまりに普通のキャラクターに見えますから。(笑)

「開けっぱなしの密室」講談社文庫(2003年4月再読)★★★★
【罠の中の七面鳥】…競馬につぎ込んで600万円を横領した宮本太郎と、昼間は冴えないOL、夜はホステスという2つの顔を持つ佐々木花子。宮本は自分の横領を隠すために、花子を利用しようとします。
【サイドシートに赤いリボン】…会社を無断欠勤した奥山喜代次の家に向かう途中、ひったくり犯を捕まえた若槻五郎。しかし被害者の女性は消えていました。その女性は、前日奥山と話していた女性。若槻はそのことを警察に言うのですが、なんと奥山は前日ひき逃げをして、それを苦に自殺していました。
【危険がレモンパイ】…映画の撮影中に転落死した死体の顔についていたのは、レモンクリーム?笑って飛び降りた被害者の状況から過失死と判断されるのですが、数日後、脅迫状が届きます。
【がんじがらめ】…及川和彦が金の無心のために姉・千鶴子を訪ねると、千鶴子は自殺していました。咄嗟に千鶴子の死を他殺に見せかけようと考える和彦。保険金殺人にしようというのです。
【火をつけて、気をつけて】…伯父に金の無心に行った帰り、「僕」は今世間を騒がせている連続放火魔が火をつけているところを目撃。「僕」は周囲に火事も知らせる前に、連続放火魔を追いかけます。
【開けっぱなしの密室】…悦子の元に、引っ越したばかりの夏美からの手紙が届きます。その中には、会社に行って留守の間の彼女の部屋に、毎日のように誰かが忍び込んでいる形跡があり、気持ち悪いという文面が。夏美は大家が忍び込んでいると思い込み、悦子と共に大家迎撃計画を立てるのですが…。

岡嶋二人さん初の短編集。
「罠の中の七面鳥」独白と会話だけで成り立っている物語。読者は両方の視点で読んでいくだけに、テンポ良く盛り上がりますね。色々な小物使いが効いています。「サイドシートに赤いリボン」長さの割にややこしいのが少々難点なのですが、ぐるぐると追いかける間に雪だるま式に大きくなっていく感覚が面白いです。ラストも印象的。「危険がレモンパイ」これには驚きました。若者の描写は多分に類型的すぎる気もしますが…。「がんじがらめ」保険金殺人を自殺に見せかけるのは、現実でもよくある話ですが、逆というのは案外珍しいですね。しかし手際が悪すぎ。これではもう少しで本当の殺人犯にされてしまいます。「火をつけて,気をつけて」この短さがいいですね。岡嶋さんらしいキレがあって、この短編集の中では一番好きです。「開けっぱなしの密室」密室を逆手にとっているのがいい感じ。物語は意外な方向へと発展します。
どれもラストに二転三転、ひねりが効いた短編ばかり。長編好きな私にとっては少々物足りないものもあるのですが、しかしこの中で一番好きだったのは、一番短い「火をつけて、気をつけて」。短編らしい良さに溢れた作品です。それにしても、やはり岡嶋さんは上手いですね。どの作品も、長編にも使えそうなアイディアを惜しげもなく使っているという贅沢な印象です。

「どんなに上手に隠れても」講談社文庫(2003年4月再読)★★★★★
その時警察に入ったのは、TV局から結城ちひろを誘拐しようとしている男がいるという電話。そして実際に、その時MTVの控え室で数学の宿題をしていたはずの結城ちひろの姿は消え失せていたのです。結城ちひろは現在17歳。売り出し中の新人歌手で、大手カメラメーカー・ゼネラル・フィルムの新製品「パチリコ」のイメージキャラクターに抜擢されたばかりでした。大々的な宣伝作戦を繰り広げようとした矢先の誘拐騒ぎに、ゼネラル・フィルムは誘拐が商品のイメージダウンを心配し、結城ちひろを切り捨てることも考えます。しかしディレクターの長谷川宇一だけは、この事件の宣伝効果をフルに利用することを主張するのです。結城ちひろの所属プロダクションに入った身代金の要求は、1億円。腹を括ったゼネラル・フィルムはその1億円を肩代わりし、マネージャーの西山玲子が、犯人の指名でその金を運ぶことに。

芸能界を舞台にした華やかな誘拐事件。
芸能人の誘拐を新商品の宣伝にフルに利用して… という部分は本当にありそうな話。特に事件が悲劇に終わった時の対応に関しては、マスコミならではのいやらしさが十分に表れていますね。長谷川宇一の姿を通して、マスコミ的な絶頂とどん底を存分に味わわせてくれます。そして犯人は誰なのかという謎はもちろんですが、犯人はどうやって現金を手に入れたのかという謎が一番の見所。現金の受け渡しの場面がいいですね。警察が発信機をつけていたはずのダンボール箱の中身がいつの間にかすり替わっていたという場面は、本当に鮮やかです。華やかな展開に相応しい謎ですね。
物語は二転三転しながら、ハイペースで進んでいきます。岡嶋二人さんの文章のテンポや癖のない読みやすさが、この物語にとても良くフィットしているように感じますし、読んでいるだけでも、まるでテレビドラマを見ているかのように映像が次々に浮かんできます。謎の真相はもちろん意外なもの。しかしそれまでの展開も非常に面白いのです。決して謎解きだけの作品ではないというのが、この作品の一番の魅力ではないでしょうか。
解説の東野圭吾さんが気に入られたという台詞は何なのでしょう。それがとても気になります。

「解決まではあと6人-5W1H殺人事件」講談社文庫(2003年4月再読)★★★
平林貴子と名乗る女性が興信所を訪れ、調査員の神山謙一は彼女が持参したカメラの持ち主を探すことになります。名前はおそらく偽名、住所も明かさず、そのカメラをどこでどうやって入手したのかも語らず、しかもカメラの持ち主に調査していることを知られたくないというのです。神山はカメラメーカーに保管してあった保証書からカメラの持ち主を割り出し、カメラに修理の跡があったことから、持ち主の足取りを追います。しかし修理をした吉池礼司という男性の部屋を訪れると、そこには男性の腐乱死体があったのです。

カメラの持ち主は誰なのか、そのマッチを置いている喫茶店はどこにあるのか、車の後部シートが盗まれたのはなぜなのか、音楽テープにどうやって情報が隠されていたのか、吉池礼司はいつ戻るのか… 「Who」「Where」「Why」「How」「When」という題名を持つ、一見全く何の関連性もない5つの出来事が連作短編集のように繋がり、最後の「What」で一体何が起きていたのかが判明するという凝った仕掛け。全ての依頼の依頼人は平林貴子。右手の小指の付け根に大きなホクロがあるこの女性は、毎回の依頼ごとに別の興信所へと赴きます。彼女の依頼の影には、寺西憲章という吉池礼司という2人の男性の姿が見え隠れしているのですが、しかしそれぞれの興信所同士に情報交換などは当然存在しないので、当事者たちは何が何なのかさっぱりという状態。全体を眺めることができる読者という位置にいても、なかなか繋がりが分からないのですから。
この構成で読ませるというのは、やはり作者の技量が問われるのでしょうね。しかし物語としては比較的地味な方でしょうか。趣向としてはとても面白いですし、各興信所の性格の違いというのも面白かったのですが、最初から最後まで登場するのが平林貴子という謎の女性だけなので、どうも感情移入をする場を失ってしまったようです。それが少々残念でした。

「コンピュータの熱い罠」講談社文庫(2003年5月再読)★★★★
丸山流通グループのシステムオペレータ・夏村絵里子は、いつものように丸山流通グループ傘下の結婚相談所・エム・システムの仕事をしている時、送られてきたリストの中に市丸輝雄の名前を見つけて戸惑います。輝雄とは結婚の約束こそしていないものの、3日前にも一緒にホテルに行った仲だったのです。輝雄を問いただしてみると、輝雄の勤める丸山倉庫の独身男性は全員、エム・システムに登録させられたのだとのこと。しかし簡単なアンケートに答えただけという彼のデータは、非常に詳細な物に勝手に書き換えられていたのです。絵里子は同僚の古川信宏に相談を持ちかけることに。一方、兄が殺されたという女性がエム・システムのデータを見せて欲しいとコンピュータ・センターに押しかけていました。土肥綾子と名乗るこの女性の兄・西浦勇は51歳で、26歳の勢津子という女性と結婚。しかし新婚旅行先のフィリピンで西浦は事故死、勢津子は遺産を整理するとすぐに姿を消してしまったというのです。

この作品が書かれた頃は、まだまだモデムが高価で、しかも設置に審査が必要な時代。その代替品として「音響カプラー」が登場しているのを見て驚きました。しかしそれもそのはず、これは1986年に初めて刊行された作品なのですね。最新機器を使った作品は、どうしても旬の時期が限られてしまいますが、しかしその他の部分に関しては、17年も経っているとはとても思えない作品。おそらく発表された当時も、コンピュータについて分かりやすく書かれていると受け止められたのではないかと思いますが、むしろ今の部分の方が、個人情報の流出についての危機感が伝わりやすいかもしれませんね。この作品に描かれていることは、既に小説の中だけのことではなくなってきているはずですから。
大元となる事件自体は、コンピュータの存在しない昔から行われてきたことではありますが、しかしその切り口とコンピュータの使い方が、新しい面を見せてくれたようです。ラストシーンも爽快でした。

「珊瑚色ラプソディー」講談社文庫(2003年5月再読)★★★
里見耕三は2週間の休暇を取って、赴任先のシドニーから日本へと帰国。彩子との結婚式を挙げ、彼女をシドニーへと連れて帰る予定でした。しかし成田空港には彩子の姿はなく、弟の玲司がいるのみ。彩子は耕三の帰国直前に親友の蓮田乃梨子と沖縄旅行に行っていたのですが、なんとその最中、急性虫垂炎で倒れて現地の病院に入院したのだというのです。早速沖縄へと飛ぶ耕三。しかし彩子や周囲の人々の様子がどうもおかしく…。彩子自身には倒れた前後2日間の記憶が全くなく、気がついたら病院に入院させられており、手術も終わっていたといいます。そして一緒に旅行していたはずの乃梨子の姿が消えていました。乃梨子の家に電話してみると、沖縄に行く予定など始めからなく、乃梨子は現在青森の親戚宅へ行っているのだと母親に言われることに。彩子を病院に連れて来たのは乃梨子ではなく、遠藤保という男。しかも旅館にはその男と2人で泊まっていたらしいのです。しかし遠藤の姿もどこにもなく…。耕三は早速色々と聞いて回ることに。

「コンピュータの熱い罠」同様、ミステリというよりもサスペンスと呼ぶのが相応しい作品。親友の失踪、そして謎の男の存在という降って湧いたような災難を、耕三と彩子のカップルがどのように切り抜けるかという物語。自分が海外赴任中で1年半も日本とオーストリアに分かれていたということもあり、耕三は彩子をただ信じることしかできません。1年半といえば、何が起きてもおかしくないだけの時間。耕三が彩子を信じなければ、物語はそこで終わってしまうのです…が。現実にこのような出来事が起きたら、一般的な男性がどれだけ自分の彼女のことを信用できるのかというのは正直疑問ですね。普通なら病院や旅館の人間の言うことや、船の乗船記録の方を信じてしまうと思います。彼らには嘘をつく理由などないのですから。そしてもし彼女の方を信じたとしても、耕三のように1つ1つ調べて納得しない限り、心の奥には彼女に対する疑惑が眠り続けるはずです。…と考えてしまうと、読後にどうにも割り切れないものが残ってしまいました。愛があるからといっても、それがどれほどの保証になるというのでしょうか。気持ちは分かりますが、やはりこれは赦されないことではないかと…。

「殺人者志願」講談社文庫(2003年5月再読)★★★★
サラ金への借金で首が回らなくなった「俺」こと菊池隆友と妻の鳩子は、鳩子の「伯父さんの奥さんの甥」である宇田川時雄に借金220万円を肩代わりしてもらう代わりに、殺人を引き受けることになります。殺すターゲットは中原美由紀。隆友と鳩子は、早速その女性が住んでいるというマンションに下見に行き、彼女の部屋の隣が丁度空室になっているのを知って、戸惑う宇田川を尻目にここに引っ越すことを決めてしまいます。2人はマンションの住人たちとの交流を深めながら、ゆっくりと殺害方法を考えることに。

隆友と鳩子の2人の会話は明るく楽しくテンポ良く、読んでいてとても楽しい作品でした。しかしこの2人、仕事もしないくせに贅沢は大好き、自分たちの行動の尻拭いも出来ないくせに人への依存心は強いというかなり最低な人間なのです。それが受け入れられなければ読んでいてしんどいかもしれません。しかしそんな調子の良い小悪党2人が、借金と引き換えの「殺人」に振り回されているのが、この作品の楽しい部分だと思います。前半の、自分たちのペースで殺人計画を進め、宇田川を振り回しているつもりでいるところから、後半の予期しない出来事によって今度こそ本当に振り回されてしまうという流れが、またとてもいいのです。
それにしても、殺人を犯そうと思ったら、普通は自分が殺そうとする相手と仲良くなろうとはしないですよね。豚や牛、鶏のような畜産的な動物でもペットにして情が移ってしまったら、なかなか殺すことはできないのですから。それでもこんな風に接近してしまうのが、彼ら2人の2人たる所以という感じ。なんとなく納得させられてしまいます。

「ダブルダウン」講談社文庫(2003年5月再読)★★★
松鶴出版の出版部に勤める福永麻沙美は、同じく松鶴出版の週刊ベストの記者・中江聡介から、前日の後楽園ホールで行われたボクシングのフライ級の4回戦で対戦したボクサーが、2人とも死亡したと聞き驚きます。なんと神山事務の須崎洋と菊田ジムの小栗伸二が、普通に対戦した後、立て続けに倒れたというのです。死因は青酸中毒。ボクシング評論家・八田芳樹が撮っていた試合のビデオを見せてもらいたいという中江を連れて、麻沙美は早速八田の元へ。元ボクサーの八田は松鶴書房からボクサーの舞台裏に関する本を出しており、その出版を麻沙美が担当していたのです。ボクサーが試合中に口にする物といえば、うがい水かマウスピースぐらい。しかし青酸カリは2人のグローブに塗られていました。そして小栗の出場は、負傷した西谷厚志の代わりに急遽決まったものだったのです。果たして狙われていたのは、須崎だったのか、西谷の怪我は偶然だったのか、3人は調べ始めます。

岡嶋二人さんの片割れである徳山氏がかつてボクサーを目指していたということで、ボクシング界を舞台にした作品は「タイトルマッチ」に続く2作目。2人のボクサーが衆人環視の中、青酸中毒で相次いで死亡するという派手な殺人事件が起き、麻沙美と中江、そしてボクシング評論家の八田の3人が事件について調べていきます。直前まで対戦していた2人ですから、接触した人間も限られており、犯人は極めて少ない機会をとらえたはず。なのになかなか手口が判明しません。これがまず面白いですね。しかし岡嶋作品としては、少々ストーリーの練りこみが足りないような気がします。出だしのインパクトが強く、魅力的な謎であるだけに、それが生かされきっていないという印象があるのが少々残念。それでも、ボクシングというモチーフに全く興味のない私でも、すらすらと読み進めてしまえる筆力は相変わらずです。

「そして扉が閉ざされた」講談社文庫(2002年11月再読)★★★★★お気に入り
毛利雄一は、気付いてみるとクリーム色のペンキで塗り固められただけの寒々としたカマボコ型の部屋の床の上で寝ていました。その部屋にあるのは、4つのコップとダンボール2箱に入ったカロリーメイト、そして簡易ベッドだけ。雄一の他にいたのは、影山鮎美、成瀬正志、波多野千鶴の3人。ドアは固く閉ざされ、内側からいくら叩いても外に出ることはできそうにありません。そこはなんと核シェルターだったのです。4人とも、三田雅代に電話で呼び出されて家へと赴き、気がついたらこの部屋で寝ていたと言います。どうやらその時に飲んだオレンジジュースに睡眠薬が入っていたらしいのですが…。この4人は、3ヶ月前に三田雅代の娘・咲子に誘われて、三田家の別荘で一緒になっていたメンバーでした。雄一は咲子の彼氏として、鮎美と正志はカップルとして、そして千鶴は彼氏にすっぽかされて1人で参加。高慢で我儘な咲子に内心うんざりしていた雄一は、一目見た時から鮎美に惹かれます。しかしそれが明らかになった時、咲子は激怒。飛び出していったっきり、愛車のアルファロメオもろごと崖から転落してしまうのです。警察では咲子の死を事故と断定していたのですが、しかしどうやら雅代は、この4人が咲子を殺したと信じているようで…。抜け出すこともままならないまま、4人は咲子の死の真相について語り始めます。

物語の舞台は、4人が閉じ込められている核シェルターだけ。そこに回想シーンが絡んで、1つの大きな情景が少しずつ見えてきます。全ての装飾が排除された状態での、安楽椅子探偵物。核シェルターという存在は、中にいる4人が脱出できないという恐怖を煽り立てるのにも一役買っていますが、それ以上に回想シーンを鮮やかに浮かび上がらせる役割を果たしていますね。アルファロメオやタバスコの赤の色彩が鮮明です。
咲子の死は警察でも既に事故と断定されています。4人もどうやら事故死と思い込んでいるような話し振り。しかしそれでも、4人は部屋から脱出できないままに咲子の死についての推理を巡らせ始めます。この推理合戦はとても濃密。回想シーンが効果的に挿入されることによって、ただの話し合いではなく、とてもメリハリの利いたシーンが続いています。そして物語はラストに向けて徐々に緊張感を増し、一気にクライマックスへ。哀しくなるようなラストですが、しかしどこか安心感がありますね。この読後感はやはり岡嶋二人さんです。いいですねえ。
島田荘司さんによる後書きによると、この作品は「99%の誘拐」「クラインの壷」と並ぶ後期傑作とのこと。確かにそれも頷けます。この3作なら、私は「クラインの壷」が一番好きですが♪
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