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このページは、池上永一さんの本の感想のページです。

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「バガージマヌパナス-わが島のはなし」角川文庫(2001年12月読了)★★★★★
仲宗根綾乃、19歳。日本(ヤマト)に行っても恥ずかしくないようにと、祖母のナビーが「綾乃」という名をつけてくれたにもかかわらず、彼女自身は島が大好きで、高校卒業以来進学も就職もせずに、毎日島で暢気に暮らし続けています。石垣の上の大きなガジュマルの木の下で、今年で86歳になる親友のオージャガンマーとおしゃべりをするのが綾乃の日課。そんな綾乃がある日ふと思い出したのは、最近よく見る夢のこと。それは幽霊のような格好の女性が現れて綾乃に何かを頼むという夢。それを聞いたオージャガンマーは、綾乃にユタになれという神様のお告げに違いないと言います。オージャガンマーも綾乃と同じ19歳の時に、同じ夢を見たというのです。しかし結局ユタにはならず仕舞いだったオージャガンマー。綾乃はその後も神様からのお告げを受けながらも、なんとかユタにならないで済ます方法がないかと考えます。

第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作品。
とにかくパワフルな作品。ストーリーよりもキャラクターが強烈ですね。その中でもやはり一番目を惹くのは、綾乃とオージャガンマーのコンビ。エキゾチックな美貌ながらも、はちゃめちゃなぶりを発揮する綾乃と、綾乃と一緒に遊びまわっているオージャガンマーの迫力がとにかくすごいのです。物語自体はかなり簡単なストーリーなのですが、この2人の勢いに引きずられて読んでしまいました。しかし綾乃が選ばざるを得なくなった職業・ユタについては以前から興味を持っていたのですが、その実体がようやく分かったような気がします。
それにしても、この島にいる神様というのがすごいです。綾乃をユタにするために何度も降臨するのですが、自分の威光を見せ付けたい時は、普段は肩が凝るので背負わない後光をわざわざ背負って現れ、綾乃がどうしてもユタにはなりたくないと言うと「サリンドー(殺す)」と言ったり、到底普通の神様とは思えません。それもそのはず、神様とは言っても大抵は生前この島に住んでいた人間。人間味が強く、個性的な南国の神様なのです。島民と神様の関係も、信仰というよりは近所づきあいの延長。綾乃も神様に向かって「何様のつもりか知らないけど」など暴言を吐いている通り、かなり身近な存在。やはり沖縄というのは、まるで別世界ですね。
綾乃の同級生たちは、それぞれに島を出て進学したり就職したりしています。沖縄に限らず、都会に出たいという若者は日本全国にいるはず。しかしきっとそのそれぞれの場所で、綾乃と同じような気持ちになる人も多いのでしょうね。「ついに無国籍になったか。ヤマトンチュー(日本人)にもウチナンチュー(沖縄人)にもなれない人たちよ」という言葉が印象的。様々な場所や人間を知ることはとてもいいことだと思いますが、それは飲み込まれないでいる限りにおいてのこと。都会の人間がそういう若者を見て感じることも、綾乃とそれほど大差ないのかも。

「風車祭(カジマヤー)」文春文庫(2001年11月読了)★★★★★お気に入り
「風車祭(カジマヤー)」とは、数え年97歳の長寿を祝う沖縄の祭り。風車祭を迎えた人は、カラフルな風車をたくさん飾ったオープンカーでパレードします。今日は石垣島に住む仲村渠(なかんだかり)フジの97回目の誕生日。フジにとって風車祭とは、自分1人が主役となれる重要なお祭りでした。しかしフジは、彼女以上に長生きをしていた人のことを思い出します。それは18歳の時に石となり、246歳という年月を生き続けたピシャーマ。大津波によって石が砕けた後は、マブイ(魂)だけとなって存在し続けていた女性でした。そんなピシャーマと一緒にいたのは、6本足の豚の妖怪・ギーギー。彼らがフジの近くに現れたのは、1年前の旧暦・8月15日の節祭の日のこと。フジの娘・トミの元に遊びに来ていた高校生・比嘉武志と5歳の少女・玉城郁子は、ピシャーマの声を聞いて驚き、マブイを落としてしまいます。初めは悪霊だと恐れるものの、ピシャーマに恋してしまう武志。自分と郁子がマブイを落としたことを知っても、マブイを戻すとピシャーマに会えなくなってしまうと迷います。しかしマブイがない状態では、人は1年とは生きていられないのです。 一方ピシャーマは、ニライ神マユンガナシィから島に関する予言を受けていました。創世神・アマミキヨが島の浄化を決定し、島は破滅へと向かっているというのです。

第118回直木賞候補となった作品。文庫本で759ページという大作です。
日本とは明らかに異なる文化を持つ「沖縄」という土地を舞台。会話の端々に島の方言が使われ、昔ながらの民謡や沖縄ならではの神様やお祭りなどが次々と登場、まるで異世界のような物語が繰り広げられていきます。しかし、内面は18歳のままの泣き虫なピシャーマと、純朴な青年・武志の悲恋話かと思いきや… 意外とコミカルな物語だったのですね。この2人に、生きることに人並み外れた執着を持つ老獪なオバァ・フジや、スプラッタな趣味を持つ5歳の郁子、武志に恋する意外と純情な雌豚のギーギー、落としてしまったマブイたちなど、一癖も二癖もある登場人物が絡み、破天荒な展開となっています。気がつけば脇に逸れた話が発展し、何が本筋なのか分からなくなってしまうほど。しかしとにかくパワフルで飽きさせません。かなりコミカルな展開もありますが、最後はしっとりとした余韻を残すラストとなります。
文化にしろ、神々への信仰にしろ、非常に独特な世界で、日常の生活とはかなりかけ離れた設定なのですが、それでも違和感なく読めてしまうのは、きっと沖縄ならではの空気を感じられるからなのでしょうね。最初は本の分厚さに戸惑いましたが、気がついたらすっかり夢中になって読んでいました。もう沖縄に惹かれること、惹かれること…。内地の日本人にはマブイがないというのが本当に残念になってしまいます。しかしマブイというのは、まるでドッペルゲンガーのようですね。(笑)

それにしても、沖縄のこのノリはすごいです。長寿バーに毎晩のように集う、平均年齢80代後半の老人たちもすごいですが、親に内緒で酒場に通い、酔っ払いたちと一緒に道路にごろ寝、朝になって目が覚めれば普通に学校へと向かう16歳の睦子というのも、またすごい。沖縄では本当にこんな状態なのでしょうか。それに化け豚という存在にも笑えました。沖縄では、どこまでいっても豚が大活躍なのですね。(笑)

「あたしのマブイ見ませんでしたか」角川文庫(2003年7月読了)★★★
【マブイの行方】…旧暦12月1日、祝い事をしてはならない日にオバァの73歳の祝いの宴と姉の幸子の結婚披露宴を強行した金城優子は、7つの魂を全部落としているとユタに言われて驚きます。
【サトウキビの森】…典型的な沖縄女の顔立ちの東子は、洋介との1年ぶりの再会のために、ワンピースと麦わら帽子でお洒落をして、初めて出会ったサトウキビの森の前で洋介を待ちます。
【失踪する夜】…十八番街と呼ばれる古い歓楽街にオバァと2人で住む睦子。彼女の母は10年前、まるで神隠しに遭ったかのように見事に蒸発しており、睦子は今日もビッチンヤマ御獄を見つめるのです。
【カジマイ】…人の良いオバァ・初枝は、隣の民江に夫を取られ、今はまた突然訪ねてきた可愛らしい少女を取られそうになっていました。民江は強引に少女を自分の家に連れ去るのですが…。
【復活、へび女】…敷布団に残った人型の窪み。武山が眠っている間に来て、目を覚ます前に行ってしまう謎の女性。小柄で痩せていて甘い体臭がするその女性に、武山はいつしか恋をしていました。
【前世迷宮】…ありとあらゆる占いに興味を示す理子は、自分の前世が神官であることを信じ、そのせいでクラスから浮き上がってしまいます。そして有紀を筆頭とするクラスの面々にいじめられることに。
【宗教新聞】…3ヶ月前、結婚したばかりの妻に失踪されてアパートに引っ越した山口光士。各新聞社の勧誘員の中でも一番しつこいのは宗教新聞。断っても断っても、勝手に新聞を置いていくのです。
【木になる花】…甘やかされて育った瞳は、以前は学校に行っていたものの、今はずっと自宅にいる毎日。滅多に外に出してもらえない瞳は、ある時見たこともないような見事な梅が咲く木を見つけます。

8編の物語が収められた短編集。
「マブイの行方」このとぼけた味わいが最高。しかしおばかですねえ。「サトウキビの森」オバァが徐々に近づいてくる様子がとても想像できて、なんとも可笑しいです。「失踪する夜」逞しいオバァたちには誰も勝てません。「カジマイ」ホラーですね。少女が可愛いだけに一層切なく物悲しく…。「復活、ヘビ女」人型を残す女性が誰なのかはすぐ分かるのですが、それでもほのぼのとした哀愁を漂わす好編。「前世迷宮」こういう理由で自殺をしようとする人間は、どれだけいるものなのでしょう。案外多いのかも。「宗教新聞」怪しげな宗教ながらも、運命の赤いビームだの恋視力ビームだの、なんだか微笑ましくなってしまいます。「木になる花」美しい情景。
前半4編は沖縄が舞台。やはり池上作品とオバァは、切っても切り離せない関係にあるようですね。生命力が強く逞しいオバァたちは自らの欲望に忠実で、生きることを貪欲に楽しんでいます。そして周囲の人間にも、読者にまでも、そのパワーをふんだんに分け与えてくれるようです。眩しい太陽の中で明るく煌く物語。そんな中で、「カジマイ」の影の部分が、一層際立ちますね。
後半の4編は舞台を他所に移し、沖縄のオバァからは離れるのですが、どこか不思議なものを持っている物語。沖縄のユタやマブイのように、存在するのが当たり前となっている不思議さではなく、それらを受け入れる土壌でもなくなっているせいか、「不思議」がいつの間にか「ホラー」に入れ替わっているのには驚きました。もしかすると、池上永一といえば沖縄、というイメージを脱却しようとした作品群なのでしょうか。今はまだ沖縄を舞台にしたオバァが活躍する作品ほどの池上永一色は感じませんが、これからどのように発展していくのかが楽しみです。

「レキオス」角川文庫(2006年12月読了)★★★
天久開放地の地中から突然現れた女。タンクローリーは電柱にぶつかって炎上。偵察命令を受けて普天間基地から飛び立ったヘリコプターが2機、上空の風を受けて髪をなびかせる逆さの女の姿に向かってミサイルを発射するものの、女はミサイルをかわして舞い上がり、ミサイルは天久解放区に落ちて爆裂音を響かせます。2機のヘリコプターは女によって破壊されることに。そしてその女が目をつけたのは、黒人との混血の高校生の少女・デニス・カニングハム。女はデニスの夢に現れ、デニスに乗り移ります。一方、翌日の天久開放地に視察にやって来たのは、キャラダイン中佐と日系のヤマグチ少尉。2人には、天久に眠る力を目覚めさせて捕獲する極秘計画がありました。昨夜出現したのは、レキオスを目覚めさせるための種なようなもの、と聞いても理解できないヤマグチ少尉は、それでもその種のことを調べ始めます。

視力8.0でライフルの得意な黒人女子高校生のデニス、淫乱で変態な天才美女人類学者・サマンサ・オルレンショー、人の心を読むキャラダイン中佐、心ならずもプロジェクトLに巻き込まれたヤマグチ少尉、占い方は出鱈目なのになぜか当たるコザのユタのオバァ、基地の男たちに群がるアメ女・広美と真由美などを中心に、過去に現在に展開していく物語。「風車祭」で、池上永一さんの想像力と展開の飛躍、破天荒ぶりには慣れたつもりでしたが、これはまたもう一段階進んでいるという印象です。一般的な状態にごくごく自然に怪獣パニック映画が紛れ込んでいるようなものですね。物語の1ページ目から圧倒的な力を感じさせられます。時間的、空間的な制約も、この方の作品の前では意味がないのでしょうか。沖縄という土地が潜在的に持っている問題にも触れつつ、作品はその枠を遥かに超えていきます。
ただ、圧倒的な力技に巻き込まれて引きずられるようにして読んだものの、結局それは何だったのかと聞かれると、答えに困ってしまうのです。読み終えた瞬間、何が起きていたのか忘れてしまうような作品でもありました。
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