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このページは、阿刀田高さんの本の感想のページです。

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「ギリシア神話を知っていますか」新潮文庫(2009年9月読了)★★★★

「トロイアのカッサンドラ」「嘆きのアンドロマケ」「貞淑なアルクメネ」「恋はエロスの戯れ」「オイディプスの血」「闇のエウリュディケ」「アリアドネの糸」「パンドラの壺」「狂恋のメディア」「幽愁のペネロペイア」「星空とアンドロメダ」「古代へのぬくもり」の全12章。

「私のギリシャ神話」と併せて読んだのですが、こちらを後に読んだせいか、内容が重なる部分が多すぎて、同じ本を2度読んだような感覚がありました。似たような内容ならば、「私のギリシャ神話」の方が良かったかもしれません。おそらく先に読んだのがそちらだったというのも関係あるのでしょう。しかしそれだけでないような気もします。「私のギリシャ神話」には美術品のカラー図版が載っているのが嬉しいですし、この本よりも後に出版されたものなので、内容的にもより一層練れているような印象もありました。
それでもこちらでしか読めなかった部分というのもあります。たとえば「嘆きのアンドロマケ」の章に書かれている、三・一致の法則という作劇上のルールについて。これはコルネイユやラシーヌ、モリエールなどが活躍した古典劇の時代に盛んに提唱された演劇用語で、1つの芝居の中で時と場所と筋がそれぞれ一致するということなのだそう。時の一致では、1つの芝居が始まってから終わるまで24時間以内の出来事でなければならず、場所の一致は、終始同じ場所を場面としていること、そして筋の一致は、1つの筋を中心に、あまり他のエピソードなどを交えずにまっすぐ進行しなければならないということ。これは面白いですね。先日ラシーヌの戯曲を読んだばかりなのですが、これに関してはまるで知らなかったので(しかしラシーヌが最もよくこのルールを遵守していたのだそう)、とても興味深く読めました。さらに違っていた点といえば、こちらの方が女性が全面に登場していたように思えたことでしょうか。「私のギリシャ神話」では、たとえばアンドロマケやペネロペイアのエピソードなどはほとんど登場していなかったはず。ハインリッヒ・シュリーマンに関するエピソードも、こちらの方が詳細です。
そして「私のギリシャ神話」同様、阿刀田高さんの個人的な解釈部分を楽しく読みました。やはりこの2冊の一番の魅力は、阿刀田高さんらしい視点が堪能できることですね。ただ、まるでギリシャ神話に関してイメージを持たない状態で、この本を本当に入門編として読んでしまうと、その読者のギリシャ神話感に阿刀田色がつきすぎてしまうかもしれません。


「旧約聖書を知っていますか」新潮文庫(2009年10月読了)★★★★

西洋文化を理解するために欠かせないと言われている聖書の知識。しかし天地創造を扱う創世記はともかく、読みづらい部分も多いのです。キリスト教の信者でもないのに、聖書を最初から最後まで読み通している日本人がどれだけいるのでしょうか。そんな日本人読者向けの、聖書の解説本。枝葉末節は切り捨て、有名なエピソードに絞って紹介していく本です。

西洋の文化を理解するのにまず必要なのは、ギリシャ神話と聖書。大学に進学する時にも、外国の文学を勉強するつもりならば、その2つをまず読んでおきなさいと学校で言われたもの。幸いギリシャ神話は子供の頃から好きでしたし、聖書も、こちらは特に好きだったわけではありませんが、カトリック系の学校に長く通っていたので、全部ではないものの、比較的読んでいる方だと思います。
阿刀田高さんのスタンスは、1人の異教徒として、聖書を分かりやすく面白く気楽な雰囲気で読み解いてみた、というもの。その異教徒としてのスタンスの距離感が読んでいて心地良かったです。やはりこういう聖書のような宗教的な書物を一般人向けに解説する場合は、特にその信仰を持っていない人間に限りますね。キリスト教徒が解説書を書けば、もっと深く突っ込んだ内容となるのでしょうけれど、いくら簡易に書こうと努力しても、信仰をもたない、知識の土台を持っていない人間には詳しすぎるものとなりそうな気がします。そして、キリスト教の信者や本格的に興味を持っている人なら、おそらくもっと専門的な書物を手に取るでしょう。そういう意味で、阿刀田高さんのこの本は間口を広げすぎていないのが好印象。キリスト教の信仰をもっていない、何も知らないまっさらな状態の人のために入りやすい入門編となっていると思います。
実際に紹介されている聖書の中のエピソードに関しては、既に原典を読んで知っている分、特に目新しいものはなかったのですが、やはり阿刀田氏独自の視点が面白かったです。長年読んでいながら気がつかなかった矛盾点もあり、そういった点が指摘されていたのも面白かったですし、様々なエピソードの整合性に関しても、いくつもの民族の持つ英雄譚や伝承が交錯し、聖書の中に吸収されたせいだと言われてみるとあっさり納得できます。創世記がイスラエルの民族にとっての神話だという話のところで、素人の推測と断りながらも、「神話というものが歴史の中に入り込むのは、たいてい王国が隆盛を極めた時である。周囲の群雄勢力を平定し、強力な王国が誕生して、権勢ゆるぎない王が君臨すると(中略)その礎の確かさを文献として書き残したくなる。つまり神から与えられた王座なのだということを、あと追いの形で記録したくなる」と書かれているのも説得力がありますね。


「新トロイア物語」講談社(2006年9月読了)★★★★★

その地方では珍しい白銀に輝くプラチナブロンドから、「銀」と呼ばれて育ったアイネイアス。愛と美の女神の息子だと宣託を受けるほどの美しい少年。父・アンキセスと、父の選んだ鷲鼻イリオネウスの薫陶を受け、年毎に俊敏な若者として成長していきます。そしてアイネイアスが12歳の時、10年前に行方不明となっていたプリアモス王の王子・パリスがトロイアに戻ってきます。失踪した当時のパリスは、珠のように美しいながらも、凶暴で早熟で我侭な性格の持ち主。ことあるごとに2歳年上のヘクトルと比べられて鬱屈していました。しかし10年ぶりに現れたパリスは、見るからに立派な若者となっていました。そしてアイネイアスが16歳の春、プリアモスの命を受けてギリシアに旅立つことになったパリスに、アイネイアスは同行。その旅の途上、一行はスパルティへ。そしてパリスはメネラオスの妃・ヘレネに出会うことに。

アイネイアスの視点から描くトロイア戦争。
主にホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」、そしてウェルギリウスの「アエネーイス」を繋げて構成し、ギリシア悲劇などに描かれている細かいエピソードを丹念に掬い取っていっているようですね。まず読み始めて目につくのは、本家の「イリアス」などとは違い、人間が主体の物語であること。神々に関しては名前のみの登場で、「イリアス」のように戦局を左右したりはしません。そもそも、ギリシア神話では人間であるアンキセスと愛と美の女神・アプロディテの息子とされるアイネイアスですが、ここではイディ山の神官が託宣を下しただけであり、立派な系図が欲しい人間は金銀を積んで「真言部」にうまい話を作ってもらうのが、トロイアでもギリシアでも流行っていたとあります。パリスの審判に関しても、パリスの夢の中の出来事を耳にした人間が噂として広めているのみ。さらに、「イリアス」ではトロイア戦争の期間は10年間、千艘を越したギリシャの軍勢は10万とされていますが、この作品の中ではかなり縮小されています。実際、トロイア城址の規模は、10万もの大軍が10年もかけて攻めるほどではないのだそうです。阿刀田さんが書かれているように、ホメロスが描くトロイア戦争は、あくまでもホメロスの時代の知識や常識を基にしているためなのでしょうね。同じ民族ではないトロイア人とギリシア人が同じ言葉を話し、同じ神々を信じていたわけではないだろうというのは、私も以前から感じていたことです。
そういう意味で、この「新トロイア物語」は、とても現実的なトロイア戦争の物語となっています。「イリアス」や「オデュッセイア」のように、当たり前に神々が登場する物語も大好きなのですが、こういう現実的な物語もいいですね。物語をスムーズにするための阿刀田さんが工夫された部分というのも面白いです。特に印象に残ったのは、残虐なアガメムノンに関する部分。トロイアに首尾よく攻め込むための様々な計算、策略、そしてその挙句自分自身に降りかかってきた災難など、脇役ではありながら、ここにも1人の人間の一生があると感じさせられます。そして、他の作品では外見だけの男に描かれていることの多いパリスですが、この作品ではなかなか魅力的ですね。出会ったばかりのヘレネとのことをアイネイアスに話すパリスもやんちゃな少年のようで可愛いですし、死ぬ直前に自分とヘレネのこれまでのことを振り返ったように話すパリスも、哀愁が漂っていて良かったです。パリスとヘレネの愛情の辿る道についても、とても説得力がありました。
ギリシャ古典作品と並べて読むと、やはりどこか微妙に違うなという気はしましたが、阿刀田さんご自身が書かれている通り、「古代史を舞台にした、現代の日本人アイネイアスの物語」というのが相応しいのかもしれませんね。この作品が書かれた頃は、まだ外国の歴史的ヒーローを小説化した作品がほとんどなかったようで、時々妙に武士道的な匂いがするのが微笑ましいです。



「ホメロスを楽しむために」新潮文庫(2009年10月読了)★★★

人類の古代史に燦然と輝く2つの叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」。しかしその作者とされるホメロスという人物については、未だに生まれた年も生まれた場所も判明していないのです。「イリアス」はともかくとして「オデュッセイア」はホメロスの作品ではないとする説もあります。しかしこの時代に諸国を巡り歩く詩人たちが「イリアス」や「オデュッセイア」の物語を歌い上げていたのは確かであり、それらの作品をまとめあげ、内容豊かな叙事詩に仕上げた人物が「ホメロス」とされています。ギリシャに生れた盲目の吟遊詩人・ホメロスと彼の2つの主要な作品を、物語の筋を辿りながら解説していく本。

「イリアス」「オデュッセイア」は既に読んでいるのですが、「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ物語」での阿刀田高氏独自の視点がとても面白く、開眼する部分が多々あったので手に取ってみました。
確かにこちらもとても読みやすく分かりやすいです。「イリアス」「オデュッセイア」に興味がありつつも、2つの叙事詩を手に取るのを躊躇う読者にとっては、入門編として最適でしょう。こういう本を一度読んでおけば、とっつきにくい叙事詩の間口もぐんと広がるはず。しかし、逆に叙事詩を既に読んでいる場合は、あまり必要ないかもしれないですね。少なくとも私はあまり新鮮味を感じませんでした。著者がギリシャやトルコを訪れた時のエピソードも交えて面白おかしく語られていくのですが、ギリシャ神話関連の本を読んだ時ほどには、その解釈もごく普通にしか感じられなかったのが残念です。


「私のギリシャ神話」集英社文庫(2009年9月読了)★★★★★

1999年4月〜6月にNHK教育テレビで放映された人間講座「私のギリシャ神話」に用いたテキストに若干の修正を施して1〜12章とし、新たに18章まで加筆したというもの。プロメテウス、ゼウス、アルクメネ、ヘラクレス、アプロディテ、ヘレネ、ハデス、アポロン、ペルセウス、アリアドネ、メディア、オイディプス、イピゲネイア、シシュポス、ミダス、ピュグマリオン、ナルキッソス、オリオンの全18章。

元はテレビの講座だったというだけあり、ギリシャ神話の有名なエピソードがとても分かりやすく語られていきます。様々な文学作品や文献に目を通した上で総括的に語っているので、全体像がとても掴みやすいと思います。阿刀田高さんご自身の解釈も交えているので、一般的に神話とされている純粋な部分だけというわけではありませんが、その解釈がまた面白いですし、そういう意味では、ある程度ギリシャ神話に慣れている読者の方が楽しめるかもしれないですね。阿刀田高さんご自身がギリシャ神話がとてもお好きだというのも、とてもよく伝わってきます。私自身は、作中で紹介されている、ギリシャ神話をモチーフにした様々な文学作品にもっと触れてみたくなりました。そしてふんだんに挿入される、ギリシャ神話をモチーフにした様々な美術品、絵画や彫刻、壺などのカラー図版がまた嬉しいところです。
そして特に印象に残ったのは、現代のギリシャ人とギリシャ神話の関わりに関するくだり。95パーセントまでがキリスト教との現代のギリシャで、ギリシャ神話とはどのような存在なのか問われたギリシャ人が、「そうですね。信仰とは関わりが薄いでしょう。でもギリシャ人は子どものときからこの物語になじんでいますし、当然よく知っています。それがギリシャ人のアイデンティティの確立に役立っているのは本当です。こんなすばらしい物語を持っている、という自信です。想像力を培い、そして、なによりも哲学です。知恵です。ギリシャ人はギリシャ神話を通して運命を考え、社会を考え、自分を考えます。私たちの知恵の一番深い部分を養っています。今でも、私たちはただのおもしろいお話として読んでいるわけではありません。」と語っていたというのです。いい話ですね。

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