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このページは、芦原すなおさんの本の感想のページです。

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「スサノオ自伝」集英社文庫(2003年12月読了)★★★
齢およそ60歳にして現世を去り、現在は黄泉国で暮らしているスサノオ。自分の行状が死語も延々と語り継がれ、伝説的色彩を強めて神話に組み込まれることになり、学術的に論じられたり、芸術的な主題となるにつれ、彼は本来の自分との違いに居心地の悪い思いをしてきていました。「不当に貶められるのも、また、不当に美化されるのもいやなものである」というスサノオが語る、自らの一生の物語です。

芦原すなお氏のデビュー作。古事記をモチーフにした作品といえば、鯨統一郎さんの「千年紀末古事記伝ONOGORO」を思い浮かべるのですが、また全然雰囲気の違う作品となっています。
ここに描かれているのは、もちろん古事記に見られるような、ただの乱暴者から、ヤマタノオロチを退治して英雄になった素戔嗚尊ではなく、ただの普通の人間です。まず高天原というのを普通の一国家として捉えているところからして、古事記とは違うのですから。古事記では神々が住む地とされている高天原も、この作中では他国家の人間に「山賊」だの「蛮族」だのと言われている、ただの1つの弱小国家。イザナギはその高天原の王。高天原一の物持ちの跡取り娘のイザナミとの間に、アマデラス(マデーラ)やツクヨミ、そしてスサノオがいるのです。当然黄泉の国へ追いかけて行くエピソードもなし。そしてこの面々が、揃って香川県の言葉らしきものを話すのですから、まるっきり「神格」という言葉からはかけ離れています。そして天の岩屋戸伝説とヤマタノオロチ退治も、全く違う側面を見せています。この2つの出来事の解釈に、それほど魅力を感じなかったのだけは残念です。
スサノオは始めから乱暴者だったわけではなく、最初は劣等生のいじめられっこ。物語を読んでいると、いじめ問題を始めとして、性教育のことや戦争のことなど、現代の様々な問題が浮き彫りになっているのが分かります。ただ古事記の世界に設定を借りているだけなのですね。スサノオという1人の人間の波乱万丈な人生を通して、人生観や宇宙観まで語ってしまおうというユーモアと皮肉たっぷりの物語でした。

「青春デンデケデケデケ」河出文庫(2002年3月読了)★★★★★お気に入り
1965年。春から香川県の観音寺第一高校に通うことになっていた「ぼく」こと藤原竹良は、突然稲妻を感じて目を覚まします。それはラジオから流れてきたベンチャーズの「Pipeline」。電気ギターの「デンデケデケデケ〜」というトレモロ奏法でした。その電気ギターの音に痺れた「ぼく」は、その瞬間ロックをやることを決めます。高校の軽音楽部に所属していた白井清一にギターを習い、ブラスバンドで太鼓を叩いていた岡下巧をドラマーに、お寺の跡取の合田富士男をベーシストとして引き入れ、ロックバンド「ロッキング・ホースメン」を結成!高校最後の文化祭でコンサートで喝采を浴びるまでのストーリーです。

第27回文藝賞、第105回直木賞受賞作品。
とにかく魅力的な物語です。登場人物も舞台も純粋でキラキラしてて眩しいぐらいの青春小説。言葉が方言なのもとてもいい感じで、舞台が田舎だからこその輝きのようなものを感じます。これがもし都会を舞台とする物語なら、これほどストレートには響いてこなかったかもしれませんね。この空気を感じるだけで、嬉しくなってしまいます。バンドのメンバー4人はとにかく楽しそうですし、ロックをやっているだけで不良に思われるような時代なのに、周りの大人たちもとても暖かい目で彼らを見つめてます。楽器を手に入れるためのバイトの場面や雨戸を閉めきっての和室での練習、合宿やコンサートの風景、そしてその合間に女の子にドキドキしてみたり、読んでいる側も一緒になってワクワクしてしまいます。
各章の名前がそれぞれ洋楽の歌の歌詞になっていて、それにこの地方の言葉での邦題がついているのがまた楽しいのです。始まりは「Pipeline」、終りは「Jonny B. Good」。間にはベンチャーズやビーチ・ボーイズ、ジェリー・リー・ルイス、エディ・コクラン、ビートルズ、ローリング・ストーンズといった、1960年代に流行っていたミュージシャンや曲がどんどん登場してます。私よりもう少し上の世代のロック好きの人には堪らないでしょうね。私もこの辺りの曲は大好きなのですが、なにせりアルタイムで聴いてないので…。もう少し早く生まれてたら、思ってしまいます。ロックに全く興味のない人や、その時代のことを全く知らない人には分かりづらい部分もあるかもしれませんが、それでも雰囲気は十分伝わるはず。

河出文庫のこの作品は、元々書かれた「私家版・青春デンデケデケデケ」を、文藝賞に応募するために規定の400字以内に縮めたものだそうです。「私家版・青春デンデケデケデケ」は800ページという大作。角川文庫から出ています。

「It's like thunder,lightnin'!」(雷はんじゃ、稲妻じゃ!)
「Strummin' my pain with his fingers」(わしの胸のせつなさをあいつはちろちろ爪弾いて)
「Let's have a party!」(どんちゃかやろうで!)
「There ain't no cure for the summertime blues !」(夏のしんどさ、どっちゃこっちゃならん!)
「Girl in love,dressed in white」(白いべべ着た恋する乙女)
「」(デンデケデケデケ〜!)」
「Stop the music,before she breaks my heart in two」(音楽やめーっ、心臓が破裂してまうが)
「Oh,the locusts sang!」(がいこ、がいこの蝉の声)
「Goodness,gracious,great balls of fire!」(ありゃ、りゃんりゃんの、ごっつい火の玉!)
「And the band begins to play!」(いよいよわしらのデビューです!)
「What am I,what am I supposed to do?」(あー、どうしょうに、どうしょうに?)
「It's gotta be Rock'n' Roll Music!」(やーっぱりロックでなけらいかん!)
「I wish,I wish,I wish in vain..」.(願うて詮ないことじゃけど……)

「ミミズクとオリーブ」創元推理文庫(2002年1月読了)★★★★★お気に入り
【ミミズクとオリーブ】…「ぼく」のところへ、大学時代の友人・飯室が訪ねて来ます。彼の妻が置き手紙と離婚届を残して家出したというのです。手紙に書かれている文章はさっぱり要領を得ないのですが、途方に暮れている飯室に、「ぼく」の妻は心当たりをあたってみると約束します。
【紅い珊瑚の耳飾り】…街中で、高校時代の友人・河田にばったり出会った「ぼく」は、その日の夕食に彼を自宅に招きます。警察官をしている彼が夕食の席で語ったのは、最近おきた事件の話。それを聞いた妻はその事件にこだわり、河田に調べて欲しいことがあると言い始めます。
【おとといのおとふ】…故郷の高校の同窓会に出席した「ぼく」は、夫が警察官だという同級生に、とある事件の話を聞くことに。「ぼく」は酔いも手伝って、妻と一緒に真相を探ることに。
【梅見月】…妻が寝込んでしまい、看病にあたふたしている「ぼく」。火鉢に寄り掛かりながら妻の顔を見ているうちに、結婚するきっかけとなった出来事を思い出します。
【姫鏡台】…河田が夕食にやってきます。今回の目的は「ぼく」ではなく妻の方。画壇の大御所・沢内優太郎の死が事故なのか殺人なのか、妻の意見を聞かせてほしいというのです。
【寿留女(するめ)】…今回河田が持ち込んできたのは、河田の友人の相談事。浮気がバレて離婚話が持ち上がり、その奥さんの出した条件は「店を自分に譲ること」。その代わり、ご主人には5千万円を渡すというのですが…。話を聞いているうちに、「ぼく」の妻はだんだんと不機嫌になっていきます。
【ずずばな】…またまた河田がやってきます。今回彼が持ち込んだのは、有名な服飾デザイナーと元ファッションモデルの夫婦が自宅で死んでいたという事件。夫は浴槽で溺死、妻はフグの毒による中毒死していたのです。

「ぼく」は作家で、八王子の郊外にある一軒家に妻と二人暮し。料理の上手な妻には実は謎を解く才能もあり、話を聞くだけで、いろいろな謎を解き明かしてしまう…。という連作短編集。これは推理するというよりは、女の直感が中心。夫を現場に行かせて、部屋の間取り図をスケッチさせたり、話を聞いてこさせたりしていますが、基本的に緻密な推理を積み重ねるタイプではありません。しかし細かい部分にまで目が行き届くのは、さすが主婦の視線ですね。これはいわゆる名探偵の知恵というよりも、生活の知恵の勝利という感じ。本格推理を期待している人は、伏線の弱さや根拠の薄弱さが気になるかもしれませんが、しかしこの作品は、こういう所が良いのだと思います。
そしてこの作品の一番の魅力は、作家である「ぼく」と、その妻のほのぼのとした家庭の情景。ほっとさせられるような居心地の良い空間です。文庫本の表紙の割烹着の女性のイラストように、「古き良き」時代を彷彿とさせます。しかし実際はあくまでも現代の話。優しくて賢くてできた妻に、頭が上がらないのほほんとした夫。この旦那さまの「のほほん」ぶりもいい味を出しているのですが、しかしやはり奥さんの方が一枚上手です。普段は優しいのに、機嫌が悪くなると武家の妻のような口調になるところもいいですね。普段好き勝手言ってる「ぼく」と河田も、奥さんが不機嫌になるとまるで怒られた子供のよう。そして庭にいるミミズクの存在も忘れちゃいけません。
作品のいたるところに登場する郷土料理も本当に美味しそう。奥さんの作るお料理の数々とその食事風景…。突然やってくる河田の持ってくる食材で、イヤな顔1つせずにリクエスト通りの料理を作り、男性2人が夢中になって食べているのを見守る、奥さんの優しい視線。そして思わず頬が緩んでしまうような会話。こんな出来た奥さん、本当に今時存在するのでしょうか。芦原さんの理想のタイプでしょうか。それとも本当にこういう奥様がいらっしゃるのでしょうか。こんな人がいるなら、私が結婚したいぐらいです。(笑)

7つの短編の中で私が一番好きなのは「梅見月」。若い頃の奥さんも、箱入り娘ながらもさりげない心配りが素敵です。「ぼく」を立てながらも、あくまでも自分は控えめに…。お父さんが誰にも嫁にやりたくなかったというのも分かります。7つの物語の中には殺人も混ざっているし、哀しい結末となるものもあります。それでも読後感は、あくまでもほのぼのと。しっとりとした和風の優しい雰囲気の短編集は、日常の謎が好きな方にオススメです。

「嫁洗い池」創元推理文庫(2003年12月読了)★★★★
【娘たち】…新年早々のお客は、河田と同僚の岩部。岩部の娘が成人式目前に書置きを残していなくなったというのです。成人式の着物も用意し、当日は親子で出かける約束をしていたのになぜ…。
【まだらの猫】…桜の季節。今回河田が持ち込んできたのは、密室の中で中堅商社の会長が死んでいた事件。死因は毒が塗られた吹き矢。しかし発射のための筒は被害者の下帯に挟まっていたのです。
【九寸五分】…秋。今回の事件は、ヤクザの親分が殺されていたというもの。既に犯人は警察に逮捕され、事件は解決と思われていたのですが、河田はどうも引っかかるものを感じるというのです。
【ホームカミング】…梅の花もほとんど散った頃、妻は京都の大学の同窓会へ。家に1人でいた「ぼく」の所にやってきた河田は、目白のお屋敷でジョギングを終えて心臓発作を起こした男の話をします。
【シンデレラの花】…都内に本社を持つ建設資材販売会社の社長が、父である創業者の葬式の直後失踪。書置きらしき物はあったのですが、葬式の日の晩、気配もないまま失踪したというのです。
【嫁洗い池】…梅雨が明けた頃。自宅で自殺しようとした男が病院に担ぎ込まれて一命は取り留めるものの、意識が戻ると弟を殺してしまったと告白。しかし仲の良さが評判の兄弟。動機がないのです。

「ミミズクとオリーブ」に続く、食卓探偵(?)シリーズ第2弾。
6編ともが、河田が持ち込む事件を妻が解決するという物語で、この辺りにもう少しバリエーションがあっても良かったのではないかと思うのですが、「ぼく」と河田の漫才のような会話と、2人の暴走を止める「妻」という役割分担もしっかりと定着していて、ほのぼのとした雰囲気があっていいですね。推理はまず「妻」の勘、そしてそれを裏付けるための調査、という順番で、ミステリとしては本末転倒に感じられる人もいるかもしれないと思うのですが、それでも最終的に真犯人にたどり着ければいいのでしょうね。それにしても1作ごとに転勤続きの河田。これが何かの伏線になっているのかと思えば…。どうやら本当にヘッドハンティングだったようですね。この河田のその後も気になります。もしや、この夫婦の出張というのもあり得るのでしょうか?それはそれで、話にバリエーションが膨らみそうで楽しみです。
そして相変わらず、登場する料理が大きな魅力のこのシリーズ。最初の「娘たち」から、鰯の塩焼きと大根の雪花、塩アンの丸餅とキビ餅、空煎りして一味唐辛子とスダチを絞ったイリコ、郷里(恐らく香川)の牛の味噌漬け、と美味しそうな料理が満載です。雪花というのは、砕けた豆腐が雪の花が降ったような風情になることからの名前だったのですね。風流です。美味しそうな料理はたくさんありましたが、その中でも一番気になったのは、熱いご飯に「ヒャッカ」と「アラメ」を載せたもの。読んでいると、思わず自分の風情のない食生活を反省。季節折々の日本らしい食卓、それを中心とした日本らしい生活を大事にしたいなと思わせてくれる1冊です。
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