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このページは、浅倉卓弥さんの本の感想のページです。

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「四日間の奇蹟」宝島社文庫(2004年2月読了)★★★★★お気に入り

声楽家の母の影響でピアノを始め、10歳の時には全国規模のコンクールで3位に入賞、その後も順調に実績を積み、将来を嘱望されていた如月敬輔。しかし8年前、留学先のオーストリアで強盗に襲われた日本人家族の娘をかばった時、指をピストルで撃たれて左手薬指の第一関節から先を失ってしまいます。プロのピアニストとしての夢を絶たれた敬輔は、楠本千織というその身寄りのない15歳の少女と共に帰国。千織は先天的な知的障害を持つ少女でした。しかしある時、音に対して驚くべき才能を見せます。一度耳で聞いただけの曲の全てを覚え、自分で歌ってみせたのです。一度覚えた曲は一箇所たりとも忘れることのないという彼女の能力は、サヴァン症候群によるもの。敬輔は、千織にピアノを教え始めます。そして極度の人見知りのため、中学にもなかなか通えない彼女を他人に慣れさせるために敬輔が始めたのは、色々な施設を慰問してピアノを弾かせること。その日も、山の奥の国立脳科学研究所病院付属のセンターを訪れていました。

2002年度の第1回「このミステリーがすごい!」大賞の金賞受賞作品。しかしミステリの賞に選ばれてはいるのですが、これはミステリと言うよりも、心温まる感動の物語。変にミステリの枠に囚われてしまうと、正当な評価を得られないのではないかと要らぬ心配をしてしまいます。
事件が起こるのは、物語も後半に入ってから。しかしそれまでの特に何もない部分が、何とも言えず味わい深くていいのです。現在の話に巧みに過去のエピソードが織り交ぜられており、引き込まれるようにして読んでしまいました。正直、岩館真理子のおしゃべりが少々鼻についたりもしたのですが、しかし彼女の能天気に見える明るさも単なる一面的なものではなく、彼女の造形や物語に深みを増すのに一役買っているのでしょうね。
後半起きる出来事が某有名作品と同じモチーフだったというのが、少々惜しい点ではあります。そのモチーフ自体はその作品以前から存在しているものですが、やはりこの作品を思い出さずにはいられないでしょう。ここで引っかかってしまえばそれまでですし、仕方がないとも思うのですが、しかしその同じモチーフを使ってここまで惹きつけてくれたというのが凄いと思います。この作品を前にしてみると、比べることは既に無意味のような。
千織の演奏は、もちろんそれまでも技術的には素晴らしいものではあったのでしょうけれど、しかし耳で聞いたそのまま、レコードの演奏とフェルマータの長さまで寸分たがわぬということは、既存のプロのピアニストの模倣でしかなく、自分らしさというものはまるでなかったのでしょうね。おそらく本当にピアノを弾くことの楽しさを知るのはこれからのはず。ミスタッチが、彼女の人間らしさを現しているようでいいですね。そしてこの作品を読んでいる間ずっと、「月光」が頭の中を流れ、無性に弾きたくなりました。とても切ない物語なのですが、確かな再生を感じさせてくれるところがとても良かったです。
これが新人による作品というのが本当に驚き。これからの活躍が楽しみです。


「雪の夜話」中央公論新社(2005年10月読了)★★★★

高校2年生の冬、定期考査の真っ最中。夜中に煙草が吸いたくて堪らなくなった相模和樹は、雪が降る中をひっそりと外に出て自動販売機へと向かいます。しかし買った煙草を早速1本吸っての帰り道、公園の角を折れようとした時に、奥の小山に何かの気配を感じたのです。そのまま公園の中へと踏み出すと、そこにいたのは真っ白いダッフルコートを着てフードをかぶった1人の女の子。なぜそんな雪の日のそんな時間に女の子が1人で公園にいるのかと不審に思う和樹ですが、「貴方、私が見えるのね?」と言って破顔した少女のペースに巻き込まれて、一緒の時間を過ごすことに。

読み始めてまず強く印象に残るのは、雪の情景の美しさ。おそらく北海道、浅倉さんの出身地である札幌が舞台になっているのでしょうね。雪を良く知っている人ならではという感じの描写がとても美しいです。雪はおそらく全ての音を吸い込んでしまうのでしょう。静謐で、しかも雪の一片一片の舞い落ちる音が聞こえてきそう。そしてその雪の中に現れる少女の存在がとても幻想的です。少女と和樹の会話、特に和樹が故郷に再び戻ってからの話は少々理論的すぎて、作品のファンタジックな部分を少し殺してしまっているように感じられてしまいましたが、まるで「星の王子さま」の主人公と王子の会話のようでもありますね。
そして故郷での幻想的な雪景色と対になっているのは、和樹が大学に通い、就職することになる東京。こちらに話が移ってからの展開は、とても現実的。商業デザインに関する話もとても面白かったです。主人公は自分の適性や世の中の要求を冷静に判断して商業デザインを選択し、それは主人公自身が思っていた以上に成功します。バイト時代から指名されるような仕事ぶりで、就職活動をするまでもなく、その時に知り合った水原という男のいる会社に引っ張られることに。その会社での仕事振り、そして自分の仕事に没頭していて他にまるで気が回っていなかった和樹の姿、そんな和樹の危うさを見つめていた水原や山根といった人々の姿がとてもリアル。あくまでも現実的であり、何よりも雪の白一色だった故郷とは好対照な色彩の鮮やかさが目を惹きます。白に始まり、様々な色を経て、そして再び白に戻る物語なのですね。
鹿嶋美加とのことは、もう少しドラマティックに描かれるだろうと思っていたので正直拍子抜けしましたし、写真家のこともまた何か絡んでくるのかと思っていたのに何もなかったので、その辺りは残念だったのですが、降り積もる雪にも関わらず、とても暖かいものが残る物語でした。

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