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このページは、芥川龍之介さんの本の感想のページです。

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「河童・他2篇」岩波文庫(2009年7月再読)★★★★

【河童】…ある精神病院の患者第23号が誰にでも話す話。彼は、3年前に1人で上高地の温泉宿から穂高山に登ろうとした時に、河童の世界に転がり込んでしまったのです。
【蜃気楼-或いは「続海のほとり」】…ある秋の昼頃。東京から遊びに来た大学生のK、そしてO君と共に蜃気楼を見に行った「僕」は、鵠沼の砂浜に珍しい木札を見つけます。
【三つの窓】…6月に横須賀軍港に入った一等戦闘艦XX。見る見るうちに鼠が殖えて、碇泊後3地にならないうちに、鼠を1匹捉えた者には1日の上陸を許すという副長の命令が下ります。

解説を見ると「河童」は一種のユートピア小説に分類されるようですね。ユートピア小説といえば、日本でもお馴染みなのは「浦島太郎」や「海幸彦山幸彦」といった作品。陶淵明の「桃源郷」といった作品もそうです。芥川龍之介の東大英文学科を卒業論文で取り上げたウィリアム・モリスも、「ユートピアだより」というユートピア小説を書いてます。しかし「河童」そういった理想の世界を描き出す作品ではなく、例えば「ガリヴァー旅行記」のように、現実に対する風刺を中心とする作品。
河童の国では、人間が真面目に思うことを可笑しがり、可笑しがることを真面目に思います。正義とか人道といったことを聞くと河童は原をかかえて笑い出し、産児制限についての話も笑いの種となるのです。河童の赤ん坊は、この世に生まれる前に、自ら生まれるかどうか選ぶことができます。芥川龍之介自身も、生まれる前に自分で選びたかったと思っていたのでしょうか。そして河童の国での様々なことが語られていた中でも特に印象が強かったのは、製本工場の話。本を造るのに、ただ機械の漏斗型の口に紙とインクと灰色の粉末を入れるだけで、無数の本が製造されて出てくるのです。しかもその灰色の粉末は驢馬の脳髄を乾燥させた、非常に安価なもの。芥川龍之介は自身の書いた作品にもその程度の価値しか認めていなかったのでしょうか。
この作品は、中学の頃以来の再読。以前はどのように読んでいたのかまるで覚えていないのですが、おそらく河童の世界の滑稽さを一歩引いた状態で読んでいたのではないかと思います。しかし今回読んでいると、上に書いたことだけでなく、どのエピソードも芥川龍之介自身と重なるようで、読みながら痛々しく哀しくて仕方ありませんでした。そして読了後、芥川龍之介の自殺は「河童」を書き上げた5ヵ月後だったと知り納得。私にはこの「河童」はユートピア小説ではないですね。現実の世界に対する風刺というより、もうこれはそのまま芥川龍之介自身のことなのではないでしょうか。「蜃気楼」や「三つの窓」にも不吉に感じられるモチーフが散りばめられていますし、これは芥川龍之介の叫びだったのではないかと思います。

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