Livre TOP≫HOME≫
Livre

このページは、あさのあつこさんの本の感想のページです。

line
「バッテリー」1 教育画劇(2003年11月読了)★★★★★お気に入り
中学入学を前にした春休み、父・広の転勤で、広島と岡山の県境にある新田市に引っ越してきた原田巧。新田市は両親の生まれ育った場所、一家は母・真紀子の実家に、母の父である井岡洋三と共に暮らすことになります。小学校時代から少年野球チームで活躍するピッチャー。中国大会の準決勝まで進んだという実力の持ち主。そして祖父の井岡洋三は、その昔新田高校を率いて甲子園に春4回夏6回出場経験のある高校野球の監督。巧は引越しした当日、日課のランニングで、永倉豪と出会います。つい最近まで小学生だったとは思えない身体つきと力に、巧は翌日豪相手にピッチングをしてみることに。

第35回野間児童文芸賞受賞作。
バッテリーというのは、野球のピッチャーとキャッチャーのバッテリー。とは言っても、この1巻ではまだ野球の試合をするところまではいきません。
話も爽やかなのですが、それぞれの登場人物がとにかく魅力的。まず、自分が本気で投げれば誰にも打たれないという過剰なほど自信家の巧。今はまだ自分の野球にしか興味がなく、強さと同時に脆さをも感じさせる巧なのですが、懐の大きいキャッチャー・豪との出会いを通して、徐々に変わっていきそうな予感。これから中学に入ったら、チームワークの大切さを知るという展開もあるのでしょうね。弟の青波が病弱なせいもあって、両親、特に母親にあまり構ってもらえず、甘えることもできなかった巧は、なかなか素直になれず、常に自分の周りに壁を張り巡らしているような少年。彼の姿を見ていると、少々痛々しくなってしまうのですが… しかし放つ言葉は鋭いのですが、その奥底には優しさを感じさせますね。これで肩の力が抜けると、一回り大きくなりそうで楽しみです。そして、巧の弟で、身体が弱いために常に母親の心配そうな視線を受けながら育った青波。周囲に気を遣って生きてきたせいか、彼は周囲に対する観察力に優れていて、実に色々なことを見てとっています。しかし身体は弱く、兄からも母からも「野球なんて無理」と頭ごなしに決め付けられていますが、実はなかなかの負けん気が強そう。本気で野球を始めたら面白いでしょうね。そしてそんな少年たちを、一歩引いたところから冷静に見守っている祖父の洋三。元野球の監督という設定ですが、野球だけでなく、人生の師となってくれそうですね。「あなたのためでしょう」と言いつつ自分の希望を押し付ける親たちと、早く一人前になって親の重苦しい期待を跳ね返したいと焦る子供たちのいい緩衝材となってくれそうです。

「バッテリー」2 教育画劇(2003年11月読了)★★★★★お気に入り
巧と豪も中学に入学。都会のグラウンドを見慣れた巧にとって、新田中学のグラウンドは驚くほど広く、サッカーや陸上、ハンドボール、野球部がそれぞれに練習できるほど。しかし巧の目には、野球部の部員の動きはどこかだらけて見えていました。それでも猶予期間ギリギリの1週間で巧は豪も野球部に入部し、豪の“新田スターズ”時代からの仲間、東谷と沢口と共に練習を始めることになります。しかし野球部に入った巧は、早速その鼻っぱしらの強さで反感を買うことに。野球部顧問・戸村の「投げ込みはもう少しおさえて、下半身の強化と、スタミナをつけることに重点をおけ」という言葉には素直に頷いたものの、「散髪してこい」という言葉には反発。巧の自信過剰な態度に、上級生たちも面白くないものを感じます。

第39回日本児童文学者協会賞受賞作品。
一言「頼むよ」と言えば、ほんの少し頭を下げさえすれば、物事を全て丸く収まるところを、どうしてもそうすることのできない巧。自分のボールにそれだけの力があれば、必ず試合に出場することができる、それが通らないぐらいなら試合に出ないと考えている巧と、多少頭を下げてでも試合に出場したいと考えている豪。彼らの間にも、感情の行き違いがおこります。この2人のどちらが正しいということは書かれていないのですが、これは非常に難しいところですね。自分で物事を考えること、正しくないと思うことをきちんと指摘することは、本来なら良いことのはず。しかし日本では、多くの場合、そのように教育されていません。周囲との気持ちを考える、周囲との協調を図って皆で一列に並ぶことを求められます。巧を見ていて、少し我慢して頭を下げさえすれば、無用の争いを避けられるのにと考えてしまうのは、大人だけではないはず。しかしその反面、巧のこの恐ろしいまでの真っ直ぐさ、自分の持つ力に対する信頼には、羨望をも感じさせられてしまうのではないでしょうか。これも、大人をも巻き込むほどの魅力があればこそ。ただ、それでも巧は全てに反抗的なわけではないのです。投げ込みと下半身の強化についてはきちんと頷いています。ただ、理屈の通らない「散髪」に反発しているだけ。そして巧の焦燥感も、ひしひしと伝わってきます。おかしいと思うことをおかしいと言えなければ、やりたくないことをやりたくないと言えなければ、彼は自分が壊れてしまうと感じているのです。
母親の真紀子は、巧に無関心なだけではなかったのですね。「自分に自信があるってことと、他人に協調しないってことは、ちがうでしょ」という言葉は鋭いです。そして中学の場面がほとんどで、青波の出番がかなり減ってしまったのですが、しかしふと登場した時、その場の緊迫した空気を和らげてくれて、なかなかのムードメイカーぶりです。
巧の祖父の、巧に関する言葉が不安ではあるのですが… しかし前巻に引き続き、今回も戸村を興奮させた球は本物だと思いたいですね。少なくとも、彼は自分の才能に見合うだけの努力も怠っていないのですから。

「バッテリー」3 教育画劇(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
前回の事件を受けて、新田東中学野球部の活動は停止。3年生は、総体にも県大会にも出場することなく引退となります。しかしその消化不良の状態のまま3年生を送り出すことはしたくない戸村は、9月になって活動を再開することになった野球部の面々に、チーム内で紅白戦を行うことを提案。それは戸村にとって、全国大会のベスト4まで進んだ実績のある横手二中の野球部をひっぱり出すためのデモンストレーションでした。3年生を中心にしたレギュラーチームと、1、2年生のチームとの対戦。巧と豪は、本格的な試合形式で初めてのバッテリーを組むことになります。

このシリーズで3冊目にして、初めて野球の試合が行われます。これまでの人間ドラマの部分も良かったのですが、この試合の場面にもなかなか実地の迫力があります。
戸村の言う中学野球の理念、校長の唱えている学校活動としての部活動と、それによる教育的成果、そのどちらもが正論であり、正論同士が真正面からぶつかり合うというのが、とてもいいですね。その部分にこの作品の深さが現れているのではないかと思います。どちらの言うことも分かるだけに、そして巧の気持ちも分かるだけに、なんともツライところなのですが、しかしそうやっていくつもぶつかっていくことは、きっとお互いにとってプラスになるはず。ただ、小野先生の人の良さだけが、少々この中からは浮いているようですが…。それは豪の感じている「『友達だから、信じている』なんてことにすり替えてしまっては、だめなんだ」という思いに集約されています。巧にとってはもちろん、他のメンバーや戸村にとっても、全てが真剣勝負なのですから。
巧の生真面目なほどの真っ直ぐさは、傍から見れば単なる「生意気」「自信過剰」「自己中心」。確かに協調性のまるでない巧なのですが、しかし豪と組んでいるうちに、少しずつ自分と周囲とのことを理解し始めているように思えます。誰よりも勝負に対して真剣なだけに、それが周囲の人間を巻き込まずにはいられないのですが、そんな巧の危うさを、豪だけでなく、母の真紀子と祖父の洋三も基本的なところで理解しているというのが、これからの巧の成長を自然に後押しくれそうですね。読んでいて少々ほっとしてしまいました。
そして青波の「おにいちゃんに勝ちたい」宣言も。これはますます楽しみです。

「バッテリー」4 教育画劇(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
キャプテンの海音寺が申し入れて実現した横手二中との試合も終わり、1ヵ月余りが過ぎた頃。巧と豪はバッテリーを組めなくなったまま、ほとんど言葉を交わすこともなく、10月半ばにあった新人戦と秋の大会のレギュラーもはずされていました。しかし門脇秀吾は巧の球に本気で惚れこみ、海音寺に受験が終わった後で、もう一度試合を仕切りなおす約束をします。

試合の結果は、ある意味予想通りでしたが、しかしそれが巧ではなく、まず豪によるものだということが予想外でした。豪といえば、今まで包容力が大きな頼れるキャッチャーというイメージだったのですが、やはり中学1年生には変わりないわけですものね。なるほどそうきたか… という感じ。しかし実際、直接的な要因がまず巧にあるよりも説得力がありますし、「いかにも」という展開にはならないわけで… しかも巧に対するダメージが大きいですものね。そして今回、大きくクローズアップされているのが横手二中の瑞垣や巧のチームメイトの吉貞。おちゃらけたやりとりをしているようでも、この2人の発言は、巧や豪の心にグサグサと突き刺さっていきます。そこにあるのは、冗談めかされていても、紛れもない真実。その人間の一番弱く脆いところに突き刺さっていきます。しかしそれが却って、「毒をもって毒を制す」ではないですが、傷口をつついて逆に膿を出してしまい、乾かすのに一役買っているように思えますね。ある意味、巧や豪が持ち得ない柔軟さが彼らの強さであり、同時に弱さでもあるわけなのですが。そして豪のような人間には、一番苦手なタイプだと思うのですが。それにしても口が減らない彼ら、一緒に公園で漫才をやっているシーンには、思わず笑ってしまいます。
しかし今年のチームは大変なチームだと文句を言っている割に、皆楽しそうでいいですね。

「バッテリー」5 教育画劇(2003年12月読了)★★★★★お気に入り
風邪をこじらせて入院していた青波は退院したばかり、そして入れ替わりに母の真紀子が入院。豪と巧は再びバッテリーを組み始めるものの、どこか呼吸が合わない状態。真紀子の病院の屋上で偶然豪に出会った巧は、豪に「なにがほしくて、ミットを構えてんだよ」と問いかけます。豪は前にも増して真剣に巧の球を受けているのですが、その姿はまるで捕ることが苦痛であるかのよう。巧は豪が何を考えているのか分からず、豪を掴みかねていたのです。

他人と必要以上に係わり合いを持つことを拒絶していた巧も、豪が何を考えているのか知りたくなってきています。豪が何を考え、何を望み、巧にどうして欲しいと思っているのか。それが巧の友情の第一歩なのでしょうね。他人にほとんど関心を示さない巧が、初めて野球をやっている時以外の豪のことを考えるのですから。
青波が豪に対して怒ったのは、やはり巧のことなのでしょうか。この辺りがどうもよく掴めなかったのですが…。しかし祖父の洋三に、兄の好きな部分を話している青波の言葉には、はっとさせられました。これは青波のような立場にいる少年には切実な叫びなのでしょうね。洋三の目に映る巧、真紀子の目に映る巧、そして青波の目に映る巧は、それぞれに違う少年のようではありますが、どれも真実なのでしょう。ここはやはり、青波の純粋な目を信用したいところです。
横手二中の2人にも、まだまだ一波乱二波乱ありそうで、なかなか気を抜けない展開です。策士を気取っている瑞垣がキレた時には、少々嬉しくなってしまったり。それにしても、最初は成長物語という感じで野球のシーンがそれほどなくても気にならなかったのですが、1冊の中に全くないと、すっかり淋しく感じるようになってしまいました。次の巻に期待です。

「No.6 #1」講談社YA!ENTERTAINMENT(2004年4月読了)★★★★
2013年の、科学の粋を集めた未来型都市No.6。台風の夜に窓を開け、環境管理システムのスイッチをOFFにしたていた紫苑の部屋に忍び込んでいたのは、ネズミと名乗る少年でした。彼は銃弾に撃たれて肩は血塗れ、全身も雨でずぶ濡れ。紫苑は戸惑いながらも、早速その銃創の手当てを始めます。紫苑は12歳にして最高教育機関の特別コースの入学が決まったばかりの超エリート。No.6の中でも高級住宅街のクロノスに住居を与えられ、何1つ不自由のない生活を送っていました。しかしその少年を助けたことによって、紫苑は全ての特権を失い、No.6でも最低レベルのロストタウンへと追いやられることになります。ネズミは西ブロックの矯正施設から逃げ出した受刑者、VCだったのです。そして4年後。

バッテリーとは打って変わって、近未来物。サスペンスアクションでしょうか。2013年という日付があまりに近いので、この世界の設定には少し不思議な気もしたのですが、今の世界が崩壊するとすれば、ほんの一瞬で事足りますものね。この物語は、今の世界に対して感じるあさのさんなりの危機感の表現なのでしょう。ネズミという少年や、人間の生活を完全に管理下に置いているN.6と呼ばれる都市について、そして謎のハチについてなど、まだまだ分からないことが多く、吸引力が強い物語です。ただ、挿絵代わりに挿入されている写真は、作品のイメージにはよく合っているのでしょうけれど、イメージを固定してしまい、それ以上の想像力を促さないというという意味では、難しいものがあるかもしれません。

「No.6 #2」講談社YA!ENTERTAINMENT(2004年4月読了)★★★★
危ないところをネズミに助けられた紫苑はNo.6を脱出。西ブロックにあるネズミの家で一緒に暮らし始めます。ロストタウンに残った母の火藍にも無事だとしらせることができて、ほっとする紫苑。慣れない暮らしにも徐々に慣れていきます。

危機に対してあまりに鈍感な紫苑と、西ブロック住人として十分な危機感を備えたネズミ。鈍感すぎるのも問題ですが、危機感を備えすぎているのも哀しいものがありますね。願わくばこの2人の中間ぐらい、必要な時はネズミ並の危機感を持ちつつ、そうでない時は紫苑のように物事の良い面を見つめられるようになればいいのですが…。特に紫苑には、この鈍感な部分を失わずにいて欲しいものです。虫のことなど、まだまだ分からない部分も多いのですが、ネズミという少年について、No.6という聖都市について、ほんの少しずつですが、分かり始めていきます。
#2にはあとがきがついており、それを読むとこの「No.6」という作品の、あさのさんの中での位置づけが分かります。「安易に希望を語る」ことが、必ずしも安易だとは思いませんし、それもまたとても必要なことなのではないかと思うのですが、「バッテリー」と好対照とも言えるこの作品を書かずにはいられなかった気持ちというのは、とても良く分かるような気がします。

「バッテリー」6 教育画劇(2005年6月読了)★★★★
海音寺一希や瑞垣俊二の努力で、新田東と横手二中の試合が実現することに。門脇は巧の球を打つことのみに集中し、それを想定した練習を繰り返します。一方、どんな打者が来ても打者は打者、バッターボックスに入った人間相手に最高の球を投げるのみと言い切る巧。そんな巧に、海音寺は「おまえ、負けるぞ」と言うのです。

バッテリー最終巻。
てっきり試合を間近に控えた巧と豪の葛藤が中心になるのかと思いきや、今回この6巻の物語を引っ張っていったのは新田東の海音寺と横手の瑞垣という2人の卒業生でした。戸村にバッテリーを任された海音寺は、原田を、そしてチーム全体を横手に十分に勝てるチームに変えたいと思い、門脇の本気を見せ付けられた瑞垣は、門脇との差を思い知らされて苦い思いを隠せずにいます。今回はそれぞれの少年たちが1人ずつ丹念に描かれ、巧と豪のバッテリーが中心というのではなく群像劇のような印象。
しかし清々しいエンディングではありましたが、全体的にあっさり味ですね。巧や豪の葛藤も結局中途半端なまま終わってしまったように思います。もちろん巧と豪に海音寺が投げかけた、「原田以外のピッチャーとでも、バッテリーを組めるか?」「原田は、永倉がキャッチャーでなくても投げられると思うか?」という問いは2人とってはとても重い問いです。一応それぞれにその場では「良い子」的な返答をしていますが、2人の胸の底にはもっともっと言いたいことがあるはず。もっとお互いに色々とぶつけ合い、正直な感情を吐露して欲しかったです。相変わらずクール過ぎるほどクールな巧は仕方ないとしても、豪が自分の本当の思いを自分でも気付かないうちに押し殺してしまっているように見えたのがとても残念。むしろ今回は、おちゃらけた態度の裏に意外なほどの観察眼を持っていた吉貞が光っていたように思います。
5巻を読んでから1年半経っているせいもあるのか、この淡々とした流れは私の中では以前の熱気を喚び起こしてくれるものにはなりませんでした。巧を根底から揺り動かせそうだった青波も、彼なりに大きく成長はしていたものの、これはまた本筋とは違う流れ。期待し過ぎないようにしようと気をつけてはいたのですが、やはり少し物足りなさが残りました。

「福音の少年」角川書店(2005年8月読了)★★
1ヶ月前に起きたアサヒ・コーポ全焼事件。更地となったそのアサヒ・コーポ跡地に、ある夜、1人の男が訪れます。被害者の1人・北畠藍子に向けた言葉を呟くその男に反応したのは、2人の少年でした。それは藍子の恋人だった永見明帆と、幼馴染の柏木陽。以前東新新聞でコラムを書いていた秋庭大吾は、2人を自分の泊まっている緑水園の部屋に誘います。

帯によると「本当に書きたかった作品です」とのこと。
バッテリーでの少年たちの葛藤は言わばスポーツマンならではの比較的単純なものでしたが、こちらの少年の葛藤は、頭が良い少年たちならではの複雑に尖った葛藤。それは違和感と言い換えてもいいかもしれません。自分が周囲にどうも馴染んでいない、馴染めない、どうやっても浮き上がっているように感じてしまうといった違和感。そんな少年たちの揺れ動く様が繊細に描かれていきます。「バッテリー」では、基本的に少年ばかりでしたが、今回は藍子という少女が加わります。直接場する場面ではそれほどでもなかったのですが、秋庭の目を通して見た藍子がなかなか良かったです。
しかし少年たちにしても藍子にしても、あと一歩踏み込みが足りなかったという印象。彼らの思いや言動にほとんど理由付けや説明がないために、最後まで核となる部分がぼやけていたようにも思います。そしてラストもまた不完全燃焼。明帆と陽、藍子、秋庭、そして事件そのものが、どこかぼやけたまま終わってしまいました。一体あさのさんが本当に書きたかったこととは、何だったのでしょう… 何か大切な部分を掴み損ねてしまったような気がします。
Livre TOP≫HOME≫
JardinSoleil

Copyright 2000-2011 Shiki. All rights reserved.