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このページは、長野まゆみさんの本の感想のページです。

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「夏期休暇」河出文庫(2004年12月読了)★★★★★
10数年もの間、誰も住む人もなく岬の突端にひっそりと建っていた家に燈が点ります。その家は千波矢がごく幼い頃に暮らしていた家。今は入り江の家に父親と2人で暮らしている千波矢は、その家にいた頃のことはほとんど覚えていないのですが、居間に大勢の大人たちに混ざって1人の少年がいたことだけは鮮明に覚えていました。それは千波矢の兄の青(あおい)。千波矢は父に黙って度々空き家の庭に忍び込み、夏の夕暮れには、そこで兄の幻影と幾度か出逢っていたのです。しかし新しい住人がこの家に入れば、千波矢が兄と逢うこともなくなってしまいます。千波矢は、一体どのような住人が越して来たのか、確かめに行くことに。

とても透明感があり、そして同時に切ない静けさを感じる物語。確かに夏の物語ではあるのですが、暑苦しい湿度の高い夏ではなく、まるで高原の夏のような、からりと乾いた空気を感じます。例えば、普通なら乾けばべとつく海の水も、この作品では決してべとつかず、普通の水のようにさらりとしているような印象です。
葵や桂、そして千波矢の複雑な心、そしてその3人の感情の絡まりあいがとてもリアル。それぞれの気持ちが痛いほど伝わってきます。そして物語の終わりは、夏の終わり。遠雷の響きが似合います。何とも切ないですね。葵は青の代わりに、千波矢に帽子を渡せたのでしょうか。渡せなかったとなると、千波矢にさらに深い傷を作ってしまいそう。かつての青と同じように、渡せたのならいいのですが…。

「雨更紗」河出文庫(2000年4月読了)★★★★★お気に入り
学校を休んだ従兄弟・玲(あきら)に教師から預かったノートを渡すために、児手山の屋敷を訪れた哉(はじめ)。彼にとってこの屋敷は以前から気の重い場所でした。教師の越知に頼まれたとはいえ、玲とはどうしてもそりが合わず、本当は来たくなかったのです。しかし結局玲には会えず、哉は渡せなかったノートを持って越知の下宿へと向かいます。

私が読んだ長野さんの作品では、初めての純和風のお話です。少し官能的で、しっとりとした雨の風情が良く似合う物語。長野さんはこういう雰囲気のお話も書かれるのですね。私がこのお話を読んだのが丁度静かな雨の日だったせいもあり、この全体に漂う雨のイメージがとても印象的でした。青貝擦りの茶碗に天水を受けるところなどの描写も美しく、雨のイメージを一層際立たせて余韻を残しているようです。
玲と哉がなぜそのようなことになったのかは良く分からないままですし、他にも色々と謎が残ったまま、物語は終わってしまったのですが、廣瀬や御幸のことを考えると、まるで同じ家の中に、2つの時代が重なりあって同時に存在しているように思えてきます。もしかしたら、時々童女に返ってしまう老婦人も、2つの時代を同時に生きてるだけなのかもしれませんね。

「夏至祭」河出文庫(2007年4月読了)★★★★★お気に入り
ある夏の晩、月彦は自転車で真っ暗な林の少し奥まったところにある空家を通りがかります。月彦が初めて気づいた時、その家は既に人気のない状態で、庭を囲む野茨の蔓が人の丈よりも高く伸びていました。しかしその日、その空家には灯りが点っていたのです。月彦は自転車を止めて、垣根越しに家の中を覗き込みます。そこには月彦と同じぐらいの年恰好の少年が2人向かい合って、何事か言い争っていました。白シャツの少年がもう薄水青のリボンを結んだ黒い瞳の少年の頬を打ち、それを見ながら立ち去ることも、慰めることもできず、その場にい続ける月彦。そんな月彦に薄水青のリボンを結んだ少年が気づき、月彦はその家に招き入れられることに。それは黒蜜糖と銀色という2人の少年たちでした。黒蜜糖が半夏生の集会に出るために必要な羅針盤をなくして、銀色が怒っていたのです。

あとがきによると、これは「野ばら」の初期形の物語なのだそう。確かに月彦・黒蜜糖・銀色という3人の少年たちが共通しています。しかし物語としてはまた全然違うもの。個人的には、「野ばら」よりもこちらの方が好きでした。「野ばら」の読み手を少し突き放したような部分が、こちらでは物語としてとても読みやすくなっているように思います。夏になるとなぜか時刻が狂い出す祖父の時計、時計についている羅針盤、そして銀繻子と黒天鵞絨のような2匹の猫などのモチーフがいかにも長野まゆみさんらしく、古めかしい言葉遣いによって、さらに幻想的な雰囲気に引きずり込まれます。庭に用意されたテーブルには待宵草が飾られ、黒麺麭と蜂蜜、にじますの白バター添え、そして檸檬水。やはりこの世界は魅力的ですね。

「耳猫風信社-CAT'S EAR & NOISES OFFICE」光文社文庫(2007年4月読了)★★★★★
11歳になったばかりのトアンは、何か新しいことを始めたくなり、日記をつけることに。しかし新しい日記帳を買おうと勇んで出かけたその日に限って行きつけの雑貨屋、タチ小父さんの「地球屋」は休み。代わりに隣町の「山猫の店」で日記帳を買うことになります。隣町の十字路を横切ろうとしたところで眼帯をした少年とぶつかりそうになり、その少年を話しているうちに「山猫の店」があると教えてもらったのです。

「綺羅星波止場」に入っている「耳猫風信社」を長編化した作品。
トアンとソラという2人の少年、そしてカシスやキイル、ツァイスといった謎の少年や青年たち。読み手にはカシスたちのことはすぐに分かると思うのですが、トアンとソラにはなかなか分からず、市長夫人や教頭夫人などが意味ありげに挿入されているのが何とも言えません。その辺りにあるはずの店を、トアンとソラが探して回る場面は、ヒルダ・ルイスの「とぶ船」でピーターたち4人きょうだいがラドクリフの町を探し回っている様子を思い出しました。近くにあるはずなのに、行きたい時に辿り着けず、ふとした拍子にそこにあるのを見つけるというのは、ファンタジーとしてとてもそそる設定で好きです。

「宇宙百貨活劇」河出文庫(2000年4月読了)★★★★★お気に入り
ロビンとミケシュは仲良しの双子(ツイン)。時々けんかもするけれど、心の底は優しい2人は、いつも気の合う遊び友達。そんな彼等の小さな冒険を集めた短編集です。長野まゆみさんが子供の頃から気に入った言葉を集めて作っていたという、自家製辞書「ことばのブリキ罐」も紹介されています。

1つ1つの短編に本当に夢があって素敵です。双子のやりとりがとても可愛く、パパ、ママ、おじさんなど彼等を見守る周りの大人も愛情がたっぷりで、全体に優しさが満ちあふれています。どれも読んだ後に心がほんのりと暖かくなるような話ばかり。その中でも特に私の印象に残ったのは、「バターカップ教授」。こんなお客さんが来るなんて、ツインが羨ましいですね。光る石が入っているムーンドロップやストロベリィ味のロケット壜ソォダ、ピーチスプラッシュなども、試してみたくなってしまいます。

「綺羅星波止場」河出文庫(2007年4月読了)★★★★
【銀の実】…おとうと鶫が熱を出し、どんな病でも治すと伝えられる水でも熱が下がらず、兄さん鶫は懸巣に聞いた銀の実を食べて、診療所におとうと鶫を連れて行くことに。
【綺羅星波止場】…灯影(ひかげ)と垂氷(たるひ)は埠頭へ。その日到着したのは、群青を作り出す瑠璃色の鉱石を積んだ船でした。
【雨の午后三時】…月光舎の主人が戻って来たという灯影の言葉に、灯影と垂氷は学校の後で早速月光舎へと向かいます。ここは少年たちにとって特別の場処なのです。
【レダの卵】…秋も半ばの満月の夜。真珠という渾名で呼ばれている商都に滞在していた2人は、1人の少年からレダの卵を買うことに。
【耳猫風信社】…雪の季節の少し前、学校へ向かう途中でうさぎ草の生えている空き地を横切った「ぼく」は耳が聞こえにくくなり、耳鼻科へと行くことに。
【黄金の釦(ボタン・ドール)】…早也たちとの約束の時間に遅れてしまった星(しょう)は、金色の釦を拾い、見知らぬ少年と店で「ピカピカ」を頼むことに。
【月夜の散歩】…月の夜、彼は猫に待ってる男がいる言われて帽子屋へと行くことに。
【銀色と黒蜜糖】…半年前の冬の日に初めて石榴を吐き出す夢を見て以来、何度も同じ夢をみては目を覚ます月彦。しかしそれは黒蜜糖と銀色の仕業だったのです。

短編集。
冒頭の「銀の実」は、まるで昔話か童話のような雰囲気ですが、それ以降は長野まゆみさんらしい、少年たちの物語。「綺羅星波止場」と「雨の午后三時」はどちらも灯影と垂氷という少年たちが登場し、 最後の「銀色と黒蜜糖」は、「野ばら」「夏至祭」でお馴染みの黒蜜糖と銀色が登場する物語。これは「野ばら」が出来上がるまでに生まれた亜種のような物語なのだそうです。一番長くて、本書の半分ほどを占める物語となっています。
今回強く感じたのは猫の存在。今回は猫の登場が多いですね。どこかに猫が佇み、何かしらの役割を担っています。その猫たちは、時には少年の姿となるわけなのですが… 長野まゆみさんにとって、猫という動物のしなやかさは少年のしなやかさに通じるのでしょうか。

「月の船でゆく-Le bateau "LUNARIA"」光文社文庫(2007年4月読了)★★★★
ラ・ジテオに飛び切り寒い冬がやってきた頃。17歳で安下宿に1人暮らしをしているジャスは、学校帰りに寄った学生相手の喫茶「夜猫(イット)」で、ティコと名乗る少年と知り合いになります。それはその前の日、叔母のマリオンと共に入った高級店「ALEXIS」で、父へのプレゼントの革手袋を試しに嵌めてみて欲しいと言ってきた少年でした。ジャスは「月からパパを探しにやって来た」というティコを、行きがかり上、自分の下宿に泊めることになります。

「耳猫風信社」の中で上映される映画が「月の船でゆく」だったので、何か関連があるのかと思ったのですが、特に何もないようですね。今回の主人公は17歳のジャス。いつもの長野作品に比べるとやや年上ですね。それにジャスの叔母のマリオン、ガールフレンドのパロマ、そして知らない間に部屋に入り込んでいたシルヴィと女性が多いです。ティコも本人曰く女の子。まるで猫のポルポーラのようなティコは、やはり少女というよりも少年というイメージですが。
ジャスとティコ、ジャスとシルヴィ、それぞれの「夜猫」でのシーンが素敵です。そしてシルヴィが意外な鍵を握っていたことに驚きつつ、最後の結末でほっとしました。ジャスの気持ちがとても良く分かる気がします。

「鳩の栖」集英社(2001年11月読了)★★★★★
【鳩の栖】…父の仕事の都合で2年ごとに転校を繰り返していた安堂操。新しい学校で最初に話し掛けたのは、同じクラス樺島至剛でした。面倒見がよい樺島にさりげなく助けられ、操は転校して初めて情けない思いをせずに済みます。ある日、操は級友たちと、体調を崩して学校を休んだ樺島の家へ。
【夏緑陰】…高校受験を控えての夏期講習の帰り、風邪の熱から突然倒れた寧。通りすがりの学生・降矢嵩に助られ、彼の家で看病されることになります。しかし嵩がそこにいたのは、偶然ではなく…。
【栗の樹−カスタネア】…学期始めの気楽さで、兄・甲彦が道楽で古物市に出している露店を訪れた乙彦。そこには従兄弟の端が。決して嫌いではないのに、乙彦は端と一緒にいると気が休まりません。
【紺碧】…浦里亨は、実姉・美也子と、その夫で教師の来島と暮らしていました。しかし美也子があっけなく逝き、現在は来島と2人暮らし。狭い町には、他人同士が暮らしているのは変だという流言が。
【紺一点】…「紺碧」の続編です。来島の転勤に伴い、本川の一高に進学した亨と真木。母親の早手回しで娘三人の女所帯に下宿することになった真木は、いきなり髪型を変え、めがねをかけ始めます。

中学から高校の年代の少年たちが主人公の短編集です。どの物語も夏の木陰にいるような静かな透明感のある作品で、どこかノスタルジックな雰囲気が漂います。鳩の栖の水琴窟の音色が、まるで作品全体に響いているよう…。そして読んでいると、心の奥底がきゅっと痛くなるような感覚。しばらく余韻に浸りたくなるような作品集です。
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