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このページは、長野まゆみさんの本の感想のページです。

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「少年アリス」河出文庫(2000年2月読了)★★★★
文藝賞を受賞した長野さんのデビュー作です。
アリスという少年と友人の蜜蜂、犬の耳丸は、忘れ物を取りに夜の学校へと向かいます。誰もいないはずの学校の理科室で行われている不思議な授業。こっそり覗き見をしていたアリスは教師に捕らえられてしまいます。

独特のこだわりがある言葉づかいが美しいです。現実にはあり得ないようなことばかりなのですが、この独特の世界に全く違和感を覚えないのが不思議なほど。とても自然に書かれていますね。少年の名前も「アリス」と「蜜蜂」という、本来はかなり不自然ななずの名前なのですが、読み進めるに従ってこれ以上の名前はないと思えるほどキャラクターにしっくりと馴染んできます。デビュー作ということで、まだ後の作品ほどの完成度はないようですが、それでも十分幻想的で美しい世界が繰り広げられています。

「野ばら」河出文庫(2000年4月読了)★★★
月彦が目を覚ますと、そこは学校の講堂でした。何が起ったのかさっぱり分からない月彦は、隣に座った少年に今から劇を見るのだと教えられます。これから見る劇の題名は「銀色と黒蜜糖」。黒蜜糖とはその隣の少年の名前、銀色というのは月彦の前列に座っている石榴の実をくれた少年の名前でした。いつか白い野ばらの垣根の外側に出たいと望んでいる銀色と黒蜜糖。月彦の夢と現実が交錯します。

物語が進むうちに夢はどんどん深くなり、どこからが夢でどこからが現実なのかがだんだんと分からなくなっていきます。月彦は夢を見ているのか、それとも夢のような現実の世界にいるのか… しかし月彦本人にとっては、夢でも現実でもどちらでも構わないのかもしれません。幻想的な物語です。

「夜啼く鳥は夢を見た」河出文庫(2000年4月読了)★★
紅於(べにお)と頬白鳥(ほおじろ)の兄弟は、夏休みに祖母の家へ。祖母の家には従兄の草一がおり、早くに両親を亡くした草一のために、祖母が毎年紅於を呼び寄せるのです。今年は体の弱い頬白鳥も一緒でした。祖母の家の近くには沼があり、そこには沈んだ子供がいる噂が後をたちません。そして頬白鳥はその沼に魅せられてしまいます。

この頬白鳥の年は一体いくつの設定なのでしょう。こんな弟がいたら、兄も目が離せなくて大変。沼に惹かれるのはいいのですが、人に迷惑をかけてはいけませんね。沼の辺りを歩いていた草一は、何だったのでしょう。沼に対するあの反応は、一体何だったのでしょう。分からないことがたくさん残ってしまいました。

「魚たちの離宮」河出文庫(2000年4月読了)★★★
池に落ちて以来風邪をこじらせて調子の悪い夏宿(かおる)。そんな夏宿を見舞うために、市郎は夏宿の家へと向かいます。おりしも盂蘭盆で、家の前で出会った夏宿の弟・弥彦は迎え火を焚いていました。幽霊がでるという噂もある古い屋敷での盂蘭盆の4日間の物語です。

舞台は少し昔の日本。幻想的な作品です。お盆の間の4日間の夏宿と市郎、そして弥彦の生活が淡々とつづられていきます。夏宿と市郎と弥彦の3人でずっと過ごしているのに、なぜ弥彦は「兄さんは死んだ」と何度も言うのか?謎のピアノ教師は何者なのか? 読んでいる間にどんどん疑問がふくらみます。少し怖い物語です。

「天体議会」河出文庫(2000年4月読了)★★★★
13歳の少年・銅貨の世界の中心は親友・水蓮との友情。銅貨の父親は南へ転勤し、母はほとんど家にはいません。17歳の兄の藍生(アヲイ)は最近はなかなか家には帰らず、学校などで兄が他の少年と一緒にいる所を目撃すると、銅貨は兄を取られたような寂しさを感じています。夏休み明け初日、銅貨は水蓮と一緒に学校をさぼって「鉱石倶楽部」へ。彼等はそこで自動人形(オートマータ)のような不思議な少年と出会います。バービィ、タミィなどと呼ばれる代理母が一般的になっている近未来が舞台の物語。

代理母の存在に代表されるように、近親関係が希薄な社会です。彼等が住む都市(シテ)は、親がいなくても生活に不自由しない機能を備えています。少年たちは特に孤独を感じているわけではないと思うのですが、それぞれに常に何かを探している印象。物語は特に大きな出来事があるわけではなく、淡々と進みます。全編に鉱石や天体や独特の菓子類などが散りばめられていて、1つの独自の小宇宙となっています。私も「鉱石倶楽部」に行ってみたいです。
檸檬水に「シトロンプレッセ」、都市に「シテ」、高速軌道に「トランカプセル」、自動車に「ミシュリン」などフランス語の雰囲気を持つルビがふられ、不思議な雰囲気を醸し出しています。

「夜間飛行」河出文庫(2004年4月読了)★★★★
午前零時の鐘が鳴った途端飛び起きたプラチナは、友達のミシェルの家の電話を1回だけ鳴らして、ハルシオン旅行社の前へと向かいます。ハルシオン旅行社の特別遊覧飛行に参加するのです。この企画は夏至と冬至のあとの最初の土曜日に行われており、2人が参加するのは3回目。時代遅れのプロペラ機・カスピート号で向かう「もうひとつの星」への1泊2日の旅でした。

夜中にこっそり家を抜け出した2人の少年たちが参加した遊覧飛行。なんとも夢のような色彩が溢れています。しかし様々な色が描かれているにも関わらず、それらが決して派手に感じられないのは、それらの鉱石に通じる硬質な光によるものなのでしょうね。この中では、1カラットのシトリンダイヤモンドが降り注ぐ流星群を金雀枝で作った箒で集める場面が一番印象に残りました。そして吠瑠璃(サファイア)のように瞬くブルー・ダリアを摘む場面も。 
現実的なプラチナと、ファンタジーをそのまま受け容れるミシェルのやり取りも微笑ましかったです。

P,95「ぼくたちは互いにゆずりあったのち、どちらも謝らないことにした(最高に公平な判断だと思う)。

「月の輪船」作品社(2004年4月読了)★★★★★
9月の始めの恒例の席替えで、ハンモックと呼ばれる窓際の席を引き当ててしまったアビ。眺めが良く、心地よい陽だまりができるこの席は、居眠りも見つかりにくく、アビは授業中に寝てばかり。しかし午前中の授業が終わり、中庭の照らすで三日月パンと腸詰肉、そしてシトロンソォダを飲んでいる時、宵里が突然ソォダ水の泡の音を、昔どこかで聞いたことがある音だと言い始めます。

アビと宵里(しょうり)が主人公となる天球儀文庫4部作の1作目。
長野まゆみさんらしい世界に、鳩山郁子さんのイラストが作品にぴったりで、見た目にも本当に美しい本となっています。ソォダの泡の音が何の音に似ているのか、そして音楽室にいた少年は誰だったのか。学校で行われる野外映画会の情景が、映画の「ニューシネマパラダイス」を彷彿とさせ、夏の終わりというこの時期が、またどこかノスタルジックな雰囲気を醸しだしていますね。

「夜のプロキオン」作品社(2004年4月読了)★★★★★
学校の冬期休暇が始まった日。街を離れて降誕祭を過ごす人々で駅や列車は混雑し、アビと宵里もまた、湖水地方にある宵里の伯父の家で冬期休暇を過ごすことになっていました。しかしアビのコートにまとわり付いて離れない小さな少年のせいで、午后6時発のプロキオン号に乗り遅れてしまうのです。2人は仕方なく一旦宵里の家へと戻ります。

天球儀文庫シリーズ2作目。今回はクリスマスの物語です。
見知らぬ少年を鬱陶しく思い、口では色々と言いながらも、結局思い切って振り切ってしまうことのできない2人の姿がほのぼのとしていていいですね。そして宵里が弾く雪の鍵盤の音に合わせて少年が歌い始めるシーンがとても印象に残りました。何とも言えない余韻が残ります。本来冷たいはずの雪も、ふわふわのフランネルのように暖かく感じられてしまいます。

「銀星ロケット」作品社(2004年4月読了)★★★★
復活祭を翌日にひかえた午后。伯父から送られてきた本に夢中になっている宵里を横目に、アビは1人退屈していました。2人がいるのは巡回トロリィバスの中。しかし突然降りると言って席を立った宵里に付いて行くに必死で、アビはバスの中に筆記帳を忘れてしまうのです。宵里はそこに止めてあった自転車でバスを追いかけます。

天球儀文庫シリーズ3作目。今回の物語は春。
伯父の来訪に浮かれている宵里と、そんな宵里を見て拗ねるアビ。ほんの少しの気持ちのすれ違いから意地を張ることになり、なかなか素直になれないアビ。宵里のことがとても好きで、相手も自分のことを同じように一番に見てくれないことに嫉妬を感じ、そんな自分に自己嫌悪。宵里はそんなアビの気持ちを理解しながらも、わざとつれない態度を取ります。しかしそれはやはり宵里なりの優しさなのでしょう。アビや宵里たちと同じ年齢の頃、私も同じように大切友達に対して仄かな嫉妬を抱いたことを思い出しました。可愛い時代ですね。

P.58「ほんとうのことを云えよ。今解決しておかないと尾を引くから」

「ドロップ水塔」作品社(2004年4月読了)★★★★
せっかくの夏期休暇だというのに、洋墨壜を倒して買ったばかりの五線譜の筆記帳に汚点を付け、なくさないようにと始終持ち歩く筆記帳に挟んでいた、ペルセウス流星群の日の船の乗船切符を紛失、景気付けに行ったはずのフリッパーの12個のボールは、一度も《REPLAY》にならないまま呆気なく使い果たしてしまったアビ。しかしどこか空回りしていたのは、アビの調子が悪いせいだけではなかったのです。

天球儀文庫シリーズ4作目。今回の物語は夏の始まりの時期。
いつもリーダーシップを取っている宵里。彼は常に迷わず、確実に自分の道を選び取りながら進んでいるように見えていました。しかし今回の宵里は思わぬ弱さを、そしてアビは思わぬ強さを見せてくれることになります。思いがけない場面に遭遇した時、人は思わず本当の姿を見せてしまうのではないかと思うのですが、この転換期に2人の本当の姿、そして2人の本当の関係を見せてくれたような気がします。
今の2人の関係はこれで終わってしまうのですが、またいつか出逢ったら、きっとまたしても惹かれあうはず。そしてまた新しい関係が始まるのでしょうね。

P.65「すっかり忘れてしまって、またいつかはじめて出逢えばいゝぢゃないか。知らない同士のような顔をして。そのほうが面白いだろう」
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