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このページは、伊坂幸太郎さんの本の感想のページです。

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「終末のフール」集英社(2006年4月読了)★★★★

【終末のフール】…隕石落下まであと3年。夕食の買い物帰りの静江と「私」はレンタルビデオ屋へ。その日の晩に、娘の康子が10年ぶりに家に戻ってくることになっていました。
【太陽のシール】…妊娠したかもしれないと告げる美咲の言葉に、戸惑う富士夫。ずっと子供は欲しかったものの、その子が生まれても3歳までしか生きられないのです。
【籠城のビール】…元アナウンサーの杉田玄白の家に押し入り、杉田に拳銃を突きつけている虎一と辰二兄弟。10年前に妹の暁子が自殺したのは、マスコミのせいだったのです。
【冬眠のガール】…両親に先立たれた美智は父の蔵書を読破。中学時代の同級生の誓子の、1人で終わるなんて寂しいという言葉に、彼氏を作ろうと決意します。
【鋼鉄のウール】…小学校4年生の頃始めたキックボクシングを5年ぶりに再開した「ぼく」。しかし街中が大騒ぎになっている間も、会長と苗場は練習を続けていました。
【天体のヨール】…大学を卒業して以来会っていなかった二ノ宮と再会した矢部。二ノ宮が新しい小惑星を発見したと電話をかけてきたのです。
【演劇のオール】…10代後半に聞いたインド出身の俳優の言葉に影響を受け、女優を目指した「わたし」は、今は早乙女さんの孫を演じ、亜美ちゃんの姉を演じています。
【深海のポール】…ビデオ屋の店長をしている渡部は、父と妻と娘の未来との4人暮らし。2年前に山形から来た父は、最後まで溺れるまいとマンションの屋上に櫓を作っていました。

8年後に小惑星が地球に衝突して世界が滅亡するというニュースが流れて以来、人生が色々と変わってしまった人々を描いた連作短編集。地球に残された時間はあと3年という設定です。
ニュースが発表された直後でもなく、地球が滅亡するまさにその時でもなく、騒ぐだけ騒いで、世の中が少し落ち着いた頃という設定がいいですね。残された時間は3年。自暴自棄のまま突っ走るには長すぎますし、そのまま何もしないで終わらせるには勿体ないような長さ。ここに登場する人々は、一時期の大混乱の中でにせよ、あるいはその前にせよ、自分にとって大切な人を失っている人々。しかし彼らの中を流れるのは、かりそめではあるにしても、静かで穏やかな時間。皆それぞれに何かを失いつつも、きちんと前向きに人生と向き合っており、その点に好感が持てます。これまで死なずに生き延びたのであれば、あと3年、何が待ち受けているにせよ、生きていかなければならないのです。ただ生きるということが、人間の、もしくは生物の一番の基本だということを改めて感じさせてくれます。
それにしても、あと8年という時間が残されていたのに、自暴自棄に走った人々の姿が理解できません。人間の寿命など、あと8年とは思っていても、本当は誰にも分からないのです。もしかしたら、明日死んでしまうかもしれません。8年後には確実に死ぬと言われても、その8年間を生き延びられる保証はどこにもありません。混乱の中で殺されたりしなくても、病気や事故で死ぬことも十分に有り得ます。その上、計算上では衝突が確実に起きるとされていても、本当に起きるかどうかなど、誰にも分からないのです。それなのに、こういったニュースが実際に流れたら、本当に世の中はここまで荒んでしまうのでしょうか。スーパーに食糧の確保に走るのならまだしも、自分から死んでしまうなど、私には論外なのですが…。という私は、おそらく日々の生活を規則正しく続けようとするのではないかと思います。しかし一部の人間の理性の箍が外れてしまったら、その興奮状態は簡単に他の人間にも伝染してしまうのでしょうね。
生き延びた、そしてこれから3年間を生きていく人々を静かに見つめる伊坂さんの視線。これは新井素子さんの「ひとめあなたに……」の逆パターンですね。


「陽気なギャングの日常と襲撃」祥伝社ノンノベル(2006年6月読了)★★★

その日、神奈川県の市役所の地域生活課のカウンターにやって来たのは、最近不審者をよく見かけるという門馬という男性。まだこの課に異動して半年の大久保は、門馬を持て余すのですが、丁度部署に戻ってきた成瀬は、門馬を見事にさばきます。そしてその日の午後、成瀬と共に講演を聞きに行った大久保は再び門馬を見かけるのですが、門馬は古びた建物の屋上で体格の良い男と押し問答になっていました。男がナイフを持っていたため大久保は慌てるのですが、成瀬は門馬の表情の変化から押し込み強盗があることを察知、どの部屋のことか確かめた上で警察に通報します。

「陽気なギャングが地球を回す」の続編。人間嘘発見器・成瀬、相変わらずの演説振りをみせる響野、天才的なスリ・久遠、体内時計の持ち主・雪子の4人がそれぞれに関わった事件が最終的に繋がりをみせるという作り。
「日常」という言葉がある通り、市役所で課長をしている成瀬、喫茶店のマスター・響野、フリーターらしい久遠、派遣社員として働いている雪子といった、4人の日常生活が垣間見えるのが楽しいです。前作と同じく、章のタイトルや各節ごとに書かれた広辞苑の言葉の意味のもじりも面白いですね。ただ、相変わらずのテンポの良さで最終的なドタバタ劇も楽しくはあったものの、私としては4人の颯爽とした強盗ぶりや響野の演説を楽しみにしていたので、それが物語の中心となっていないところが少々残念でした。4人の銀行強盗が1度しかなくても、それが本筋と密接に絡み合っていれば、もっと面白くなったのではないかと思うのですが…。前回の方が断然面白かったです。筒井ドラッグチェーンの社長や社長令嬢・良子、今回初登場の他の面々の造形も、前回の地道に比べると今ひとつでした。


「フィッシュストーリー」新潮社(2007年9月読了)★★★

【動物園のエンジン】…大学の先輩だった河原崎と一緒に、動物園に勤めている恩田に夜の動物園に入れてもらった10年前のことを回想する「私」。シンリンオオカミの檻の向かいに、元職員だったという永沢が寝ており、恩田は永沢が動物園のエンジンのようなものだと説明します。
【サクリファイス】…山田という男を捜して小暮村に行こうと、仙台から山形方向へレンタカーを走らせていた黒澤。途中、車のドアを閉めた途端に車が斜めに傾いてしまい、黒澤はちょうど通りがかった自称芸術家の柿本に小暮村まで連れて行ってもらうことに。
【フィッシュストーリー】…「僕の勇気が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと若さで、陽光の跳ね返った川面をさらに輝かせるだろう」という文章で始まる、ある日本人作家の小説をめぐる、いくつかの物語。
【ポテチ】…プロ野球選手の尾崎の家に泥棒の仕事に入る今村にくっついて来たのは、恋人の大西若葉。しかし2人が尾崎の家にいる間に、助けを求める女性からの電話が入ります。

個人的には「ラッシュライフ」の黒澤が登場するのが嬉しかったこともあり、2作目の「サクリファイス」が一番好み。黒澤が登場したということはもちろんのこと、形骸化したかのように思えた不気味な風習が、実は今でも生きていたという辺りが良かったです。そして伊坂作品らしさという意味では、表題作「フィッシュストーリー」でしょうか。20数年前の父親の話、30年前のロックバンドの話、現在のハイジャック犯の話、そして10年後の話。全然関係ないように見える出来事が1つの細い糸でずっと繋がっています。しかし一般的には「ポテチ」が一番人気かもしれませんね。今村も今村母もいい味を出していて、今村母と大西とのやり取りも掛け合い漫才のようでしたし、今村の落ち着きのなさが黒澤の大人の男の魅力と対照的。
ただ、伊坂作品ならではの雰囲気が今ひとつ薄かったようにも思います。読んでいて面白いですし、決して悪くないのですが、結局この路線に戻ってきてしまったのか、というのが正直なところ。「魔王」でせっかく新しい路線を打ち出して、それがとても良かったと思うのに、また前と同じことを繰り返すのは、どうも勿体ないような気がしてしまうのですが…。
ちなみに「fish story」とは、1、ホラ話。大げさな話、2.ある日本人作家の小説のタイトル、3.3枚のアルバムを出して解散したロックバンドの楽曲のタイトル、4.この本のタイトル。2の作家は、晩年は廃屋に篭って壁に文章を書き続けたのだそう。2と4の関係は定かではないそうですが、どうなのでしょうね。伊坂さんらしいユーモアセンスです。

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