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このページは、泡坂妻夫さんの本の感想のページです。

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「11枚のとらんぷ」双葉社(2004年10月読了)★★★★★お気に入り
真敷市の公民館創立20周年ショウが行われることになり、マジキクラブの奇術、サンジョーバレエグループのバレエ、人形劇団・模型舞台の人形劇が上演されることになります。最初の演目は、マジキクラブの奇術。アマチュアのメンバーたちが、数々のハプニングに悩まされながらも、なんとか自分の出番をこなし、そしてようやく迎えた最後の演目は「人形の家」。これは、メンバー全員が車駕のついた台の上に乗った人形の家の後ろに並び、ピストルの銃声と共に空っぽのはずの人形の家から水田志摩子が飛び出すというもの。しかし志摩子は飛び出しませんでした。それどころか、志摩子はその頃、自宅の部屋で殺されていたのです。

泡坂妻夫さんの長編デビュー作。
物語は3部構成となっています。まず第1部は、実際に行われた奇術の舞台。アマチュア奇術師たちが舞台に出るということで、舞台上や舞台裏でのエピソードがふんだんに盛り込まれているという楽しい展開。そしてそこで殺人が起こり、続く第2部は、その殺人の見立てに使われたという「11枚のとらんぷ」という作品の紹介。この「11枚のとらんぷ」とは、マジキクラブを立ち上げた鹿川瞬平が書いた短編集で、マジキクラブの面々が考え出した、あまり一般的ではない、しかしなかなか面白い趣向の奇術が11紹介されていきます。そして最後の第3部は、解決編。
やはり何と言っても、第2部の作中作の存在がユニークですし、面白いですね。11の短編それぞれの中で1つずつ奇術が披露されており、この短編集だけでも、十分1つの作品として楽しめるほど。それを惜しげもなく作中作として使ってしまっているのですから驚きます。本筋だけでも十分楽しめるのに、作中作でもここまで楽しめるとは思ってもいませんでした。なんて贅沢な作品なのでしょう。しかも思わぬところに、伏線が張り巡らされているのですね。隅々まで気の行き届いた、それこそまるで本物の奇術の舞台を楽しんでいるような気分にさせてくれる華やかで楽しい作品でした。さすが奇術師歴の長い泡坂妻夫さんならでは。これがデビュー作というのも驚きですね。

「乱れからくり」角川文庫(2003年4月読了)★★★★
ボクサーへの道を断念した勝敏夫は、新聞の求人広告を見て宇内経済研究会へ。そこは宇内舞子という30すぎの女性が1人で切り盛りしている経済専門の興信所でした。敏夫が考えていたものとは若干違っていたものの、舞子に惹かれるものを感じた敏夫はそのまま社員となることに。敏夫の初仕事は、ひまわり工芸という玩具会社の製作部長・馬割朋宏が依頼した、彼の妻・真棹の素行調査。舞子と敏夫は、早速真棹が夫の従兄弟・宗児と不倫をしている現場の証拠を押さえます。そしてそのまま尾行をしていると、自宅に帰った真棹は大きなスーツケースを持ち、朋宏と共にハイヤーで外出。2人も車でその後を追うことに。しかし空港に向かうと思われたそのハイヤーになんと隕石が直撃、朋宏は死亡してしまうのです。死の間際、朋宏は真棹に予定通りホノルルに向かい、ラザフォード・デービス氏に会ってマドージョを渡せと呟くのですが…。

第31回日本推理協会賞受賞作。直木賞候補作ともなっていた作品。
さすがに本職だけあって、からくりについての薀蓄はとても詳しいですね。茶運び人形を始めとする江戸時代のからくり人形は、今の時代に見てもとても精巧な物が多いので、それらを想像して読むのはとても楽しかったです。そしてそれらの薀蓄を受け止める舞台は、玩具会社とその会社を経営する馬割一族の住む「ねじ屋敷」。この建物の庭には本格的な迷路まで作られ、屋敷内にも様々なからくりが置いてあります。隅から隅までからくり三昧。そんな舞台で起きる事件の数々は、これまたちょっと怪しげな雰囲気に満ち溢れています。
「からくり」という言葉自体、江戸時代を思わせるような少し時代がかった言葉ですし、「かたかた鳥」という商品も、名前が同じなのかは分かりませんが、子供の頃に見かけたことがあるような物。読み始めこそ時代を感じてしまう記述が多々ありました。しかし読んでいるうちに、全てがからくりで出来上がったようなこの世界にすっかり浸ってしまい、そのようなことはすっかり気にならなくなってしまいました。ミステリ自体、元々からくりの世界ですものね。これらの小道具が本当に良く似合っていますし、その巧みな使い方にも感心させられてしまいます。
ただ、全編からくり一色のこの作品も、最初の事件だけは隕石落下という奇禍中の奇禍と言えるものです。しかしこれがただの交通事故などではなく、隕石だったというところに意味があるのでしょうね。最初にこのあまりに現実味の薄い出来事を配置することにより、作品内の所々に配置されたからくりの現実味のなさを一層引き立てているように思えます。そして生きた泥鰌がくくりつけられたあひるの動きのように、機械だけでは出せない不規則な動きを生み出して、読者を翻弄するのです。

「亜愛一郎の狼狽」創元推理文庫(2001年1月再読)★★★★お気に入り
【DL2号機事件】…羽田空港から宮前空港に向かうDL2号に、離陸寸前に爆破予告の電話が入ります。しかし飛行機は通常通りのフライトをこなし、何事もなく宮前空港へと着陸。しかし混乱を避けるために伏せられていたはずの爆破予告を知っている乗客がいたのです。
【右腕山上空】…スネーク製菓が宣伝のために熱風船を飛ばすことになり、専属契約を結んでいるコメディアン・ヒップ大石が乗り込みます。しかし離陸後まもなく、彼は頭を拳銃で撃たれてしまうのです。
【曲がった部屋】…通称「おばけ団地」の美空が丘団地は、開発計画から取り残されたため交通の便が悪く、火葬場の煙の臭気や虫の大量発生などに悩まされていました。住民もまばらなその団地の一室で、死後一ヶ月の男性の腐乱死体が発見されます。
【掌上の黄金仮面】…巨大菩薩像の手の平の上から、黄金仮面の扮装でビラを撒いていた男が銃殺されます。菩薩像の真正面のホテルの一室の窓から撃たれたと思われるのですが…。
【G線上の鼬】…タクシー強盗が頻発していたある晩、亜愛一郎が乗っていたタクシーの前に飛び出してきたのは、強盗に襲われて逃げてきたという運転手。しかし警察に電話をしてから現場に戻ってみると、タクシーの後部座席には男の死体が。
【掘り出された童話】…実業界の大物・池銃が童話を自費出版します。しかし出版社で誤字を修正した印刷を見た池銃は、「自分の原稿とは違う」と改刷の費用を自己負担してまで、もう一度刷り直させることに。誤字だらけの原稿にどのような意味があったのでしょうか。
【ホロボの神】…中神康吉は、戦時中過ごした熱帯のホロボ島に仲間の遺骨を拾いに行く途中の船で、亜愛一郎一行と一緒になります。そしてその時に語った戦時中の思い出話から、意外な真相が。
【黒い霧】…早朝の商店街に黒い霧が発生。その正体はカーボンでした。以前にも運送車が落としていったカーボンの紙袋のせいで、商店街の人々はかなりの被害をこうむっていたのです。しかし今回のカーボンに関しては、単なる事故ではありませんでした。

背が高く、彫りの深い気品のある端麗な顔立ちで洋服の趣味も抜群。…と、黙って立っていれば俳優に間違えられるほどの二枚目の亜愛一郎。しかし職業はカメラマンなのですが、主に撮るのは雲やゾウリ虫などと妙な物ばかり。それに一旦動き始めると、その言動は外見にそぐわない大ボケぶりです。しかしこんな亜愛一郎ですが、実は何かが起きた時に鋭い推理を展開します。彼の推理は、主に犯人の心理状態や性格から大きな手がかりを得るもので、少々強引な面や突拍子もなく感じる部分もあるのですが、でもそれもご愛嬌といった感じですね。全体に遊び心があり、サービス精神が旺盛で、亜愛一郎の外見と中身のギャップも微笑ましく、とても楽しめる短編集となっています。…それにしても三角形の顔をした婦人というのは何者なのでしょうね?
「亜愛一郎」という名前は、名探偵の人名事典などで最初に来るようにつけられた名前だそうです。確かに簡単にはトップの座は譲り渡したりしなさそうですね。(笑)

「煙の殺意」創元推理文庫(2003年4月読了)★★★
【赤の追想】…夏の終わりに久しぶりに顔をあわせた桐男と加那子。ビールを飲んでいるうちに、桐男は加那子がつい最近大きな変身した理由などを推理します。加那子は失恋していたのです。
【椛山訪雪図】…加田十冬は、十何年ぶりかに別腸と再会。かつては古美術の蒐集家であった別腸も、今や一昔前の服を着ている困窮振り。その別腸が、かつて持っていた墨画の掛け物の話を始めます。
【紳士の園】…出所したばかりで暇な島津亮彦は、桜見物に行った近所の公園でムショ仲間だった近衛真澄と出会い、夜の公園でスワン鍋をすることに。しかし浮浪者の死体を見つけてしまい…。
【閏の花嫁】…毬子が失踪して1ヶ月。加奈江の元に地球の裏側から横文字の手紙が届きます。地中海に浮かぶシルヴィ島のマリオと結婚して王妃となる毬子。2人は周囲には内密の文通を始めることに。
【煙の殺意】…ホステスが自宅マンションの浴室で刺殺されます。犯人は真下の部屋に住む男性。丁度高級デパート華雅舎で史上最悪の火災が発生したところで、望月警部はテレビに釘付けでした。
【狐の面】…酒が入った和尚が始めた、先代の住職の話。どこからともなくやって来た修験者たちが数々の法術を披露し、まだ若かった和尚も目を奪われるのですが、住職は全ての種を明かします。
【歯と胴】…教授の妻・安子と通じてしまった「僕」は、安子を思わせる品物を部屋から全て根こそぎ焼却します。教授の昔の恋人が現れて、探偵社が安子を尾行。安子は「僕」に教授を殺せと言うのです。
【開橋式次第】…親子4世代、5組の家族が同居する吹田家は子沢山で、毎日朝から大騒ぎ。そんな一家が最近竣工した橋の開橋式に呼ばれて出かけていくのですが…

「赤の追想」何も語らないうちから、加那子の異変を言い当てていく桐男は、まるでシャーロック・ホームズ。少々古臭く感じる部分もありますが、最後のオチは結構好きです。「椛山訪雪山図」一幅の掛け軸の絵が一瞬のうちに違う表情を見せるというのは、想像しただけでも鮮やか。実物が見てみたいですね。殺人事件との絡みも見事です。「紳士の園」この作品も「赤の追想」とどこか似たような趣向の作品なのですが、しかしなんとも皮肉な雰囲気です。「閏の花嫁」ミステリというよりもホラー。そして童話。子供の頃読んでいた童話の中に本当にありそうな話なので、オチはすぐに分かるのですが…。「煙の殺意」全く関連性の感じられない2つの出来事が1つになる時。見事です。「狐の面」今でも実際にこういうことが行われているのでしょうね。「歯と胴」犯人が語り手となっているのに、きっちり驚かせてくれるというのが見事です。「開橋式次第」どたばたしているうちに解決。
この中で一番好きなのは「椛山訪雪図」。あとは「紳士の園」 「歯と胴」でしょうか。1つずつの短編のレベルが高く、さすが泡坂さんですね。しかしノン・シリーズの短編なので、その雰囲気は様々。全体的な雰囲気が統一されないのが、仕方ないながらも、少々惜しく感じられます。

「亜愛一郎の転倒」創元推理文庫(2001年1月再読)★★★★★お気に入り
【藁の猫】…亜愛一郎は、画家・粥谷東巨の回顧展へ。絵を見ているうちに、ある時期を境に絵の中に6本目の指や開かない扉や間違っている時計の針など、現実ではあり得ないものが描かれるようになったのに気付きます。完璧な写実主義を目指した東巨にとって、これらが持つ意味とは。
【砂蛾家の焼失】…乗っていた列車が土砂崩れで不通となり、愛一郎は席の近かった乗客二人と共に列車を降りて花盛に向かって歩き始めます。しかし、やっとの思いでたどり着いた民家に泊めてもらうことになるのですが、寝る前に窓から見えた合掌造りの家が一晩にして消失してしまうのです。
【珠洲子の装い】…一年前に飛行機事故で亡くなった歌手・加茂珠洲子の人気が急上昇。追悼映画を作るために、主演選びのためのオーディションが開かれます。その中にかなり珠洲子に似ている女性が登場し、珠洲子ファンの淑子は早速サインをもらいに行くのですが…。
【意外な遺骸】…妃護山脈の温泉地で変死体が発見されます。それはまるで手毬歌をなぞらえたような死体でした。鉄砲を撃たれ、煮られて焼かれて木の葉で隠された、その死体に隠された謎とは。
【ねじれた帽子】…愛一郎と大竹教授が出先で拾った帽子の持ち主は、なぜか愛一郎から逃げ出します。良からぬことを相談していると思い込んでいる元刑事と孫娘に対し、愛一郎の考えは。
【三郎町路上】…タクシーの中に突然現れた死体。そのタクシーは、その直前に愛一郎と昆虫学者・朝日博士が利用していたタクシーでした。死体はいつの間にタクシーに入り込んだのでしょうか。
【病人に刃物】…出版社の編集者・磯明が病院で同室だった患者が、退院した後、病院の屋上で刺殺されます。自他ともに認める世話焼の大竹教授は、あくまでも持ち主に帽子を返そうとするのですが…。
【争う四巨頭】…引退した地元の重鎮4人が離れに閉じこもって何やら相談。そのうちの1人の孫娘が心配して元刑事に相談それは、誰も近づけないような状況だったのです。

1冊目の「亜愛一郎の狼狽」と同じ設定ではあるのですが、2冊目はさらにテンポが良く面白くなります。愛一郎はどの話においても常に脇で謎解き役に徹しているので、他の登場人物もかなりじっくりと書きこまれており、それがまた作品に入りやすい一因となっているのかもしれません。そしてトリック自体も密室やら建物消失やら見立て殺人やら、バラエティに富んでいます。愛一郎の推理はちょっと妄想推理っぽい部分があるのですが、押さえるべき所はしっかり押さえてるという印象。私は基本的に長編が好きで、短編集は避けがちなのですが、泡坂さんの短編は一流品。こんな切れの良い短編ならいくらでも読めそうです。

「亜愛一郎の逃亡」創元推理文庫(2001年1月再読)★★★★★お気に入り
【赤島砂上】…四国の西に浮かぶヌーディストクラブの島・赤島。車や電話はもちろん、テレビや新聞、時計もない島なのですが、ある日、真っ赤なアロハシャツを来た男がボートで島に近づきます。
【球形の楽園】…さそりの殿様と呼ばれる地元の大金持ちが、白い球状のシェルターの中で死んでいるのがみつかります。しかしそのシェルターは完璧に密室状態だったのです。
【歯痛の思い出】…10年前に治療した歯の詰め物がとれてひどく痛み、井伊和行は嫌々ながらも歯医者へ。歯医者に着いてみると、上岡という男が自分の金歯が病院に盗られたと騒いでいました。
【双頭の蛸】…「週刊人間」編集部に勤める亀沢均は、北海道霧昇湖で双頭の大蛸を見たという小学生の手紙を元に、記事を書き、その取材をしに北海道へと飛びます。
【飯鉢山山腹】…亜愛一郎たちはコノドントの調査で山へ。調査する場所は、すれ違いもできないほど狭い旧道の途中。その日に限って旧道の利用者が多く、そのうちの1台が谷底に転落することに。
【赤の賛歌】…曙光展の華々しい開幕式。しかし美術評論家・阿佐玲子は、昔の鮮烈さを失ってしまった著名な画家・鏑鬼正一郎の赤の使い方を残念に思っていました。
【火事酒屋】…火事が大好きで、火事の度に消火活動を手伝う酒屋の主人・銀蔵。しかし銀蔵の妻・美毬は、銀蔵は火事を見たいがために放火をしかねない人間だと疑っていました。
【亜愛一郎の逃】…雪に覆われたホテル・ニューグランド宮後の離れにいたはずの愛一郎と東野。しかし彼らを訪ねていくと、2人の姿は忽然と消えうせていました。

亜愛一郎シリーズの完結編。この本にも、遊び心がたっぷり詰め込まれていて、とても楽しい短編集です。どれもとても短い話なのに、登場人物の個性がくっきりと描かれているのは、やはり泡坂さんの技量なのでしょうね。どの短編にも、長編をぎゅっと圧縮してしまったような濃縮感がありますし、謎解きもパズルっぽくて楽しめます。
しかし最初の2冊は順番が入れ違っても、そう影響はないのですが、この本だけは順番どおり最後に読むことをオススメします。というのも、最後に愛一郎や「三角形の顔をした洋装の婦人」の正体が分かるからです。こういうことだったのですね。納得しました!このシリーズはオススメです。

「しあわせの書-迷探偵ヨギガンジーの心霊術」新潮文庫(2002年1月読了)★★★★★
テレビ局の女性に乗せられてうっかり「いたこ」の神降ろしの真似事をしてしまったヨギガンジーは、その能力を見込まれて、人探しを頼まれてしまいます。探すのは六郷藍子。火事で焼死したと思われていたのですが、藍子が信じていた宗教団体・惟霊講会(いれいこうかい)では、他にも大物信者が何人かが爆発事故や飛行機の墜落事故などで失踪していました。それらの失踪は実はすべて、惟霊講会の教祖・華聖の後継者選びに関わりがあったのです。惟霊講会に潜入しながらも見つかってしまったガンジーは、結局その2代目を決めるための儀式に立ち会うことになります。

ヨギガンジーという、ドイツ人とミクロネシア人と大阪人の混血で、ヨーガと奇術の達人という、なんとも面白いキャラクターが大活躍です。これは亜愛一郎と曾我佳城に次ぐ、泡坂さんのシリーズ物の3人目の主人公。しかしこの作品の前に「ヨギ ガンジーの妖術」、この作品の後には「生者と死者」が出ているのですが、入手はなかなか困難のようです。
本の裏表紙に「この文庫本で試みた驚くべき企てを、どうか未読の方には明かさないでください。」とあったこともあり、きっとものすごいトリックなんだろうと、ずっとそればかりを考えながら読んでしまいました。その甲斐あって、トリックの1つに関しては読みながら想像がついたのですが、でもその使い方というか、出し方がとても巧いですね。なるほどこれなら誰も疑わないでしょうし、自然に行うこともできます。宗教団体という特殊な設定に、こういうトリックを使った泡坂さんってすごいですね。そして2代目候補が行う読心術もありますが…。何と言っても最大のトリック。これには驚きました。解説されても「えっ、そうなの?」状態。実際に自分で確かめるまでは信じられないほどの、実に奇想天外なトリックです。これはスゴイですね。脱帽です。

「毒薬の輪舞」講談社文庫(2002年12月読了)★★★
不思議な臍の病にかかって文字原医院に入院した海方惣稔。警視庁刑事部特殊犯罪捜査課の最古参の刑事である彼は入院先の病院で邪悪な気配を察知し、早年性突発性痴呆を装って精神科に移ります。何者かが、市販の缶入り飲料水の中身を密かに入れ替えたというのです。富士子夫人が病院から持参した「ベラドリンコ」の空缶と写真には何も異常はなかったのですが、何者かに一服もられたとかで、小湊進介にお呼びがかかります。そして進介もまた新興宗教の狂信者を装って、文字原医院に入院することに。

「死者の輪舞」に続く、輪舞シリーズ第2弾という作品。
題名通り、各章の題名には毒薬の名で統一され、本文中でもそれらの毒薬の説明が行われています。登場するのは、誇大妄想狂、夢遊病、露出狂、不潔恐怖症、休日恐怖症、拒食症という患者たちに海方と小湊。多分にキャラクター先行型の小説という印象。缶入り飲料水の中身の入れ替えに始まり、水が苦くなっていた謎など色々と細かい謎があり、実際に起きてしまう殺人も毒殺。しかしその過程は正直特に印象に残るものではなく…。実は途中かなり我慢して読んでいたのですが、最後の最後で驚きました。佯狂についての真相、この設定がすごいですね。最後まで読んでみて初めて、巧妙な伏線が張り巡らされていたことにようやく気付きました。
精神科の病院に、蜥蜴が潜んだ百合の花のイメージが鮮やか。せっかくなので、もう少しこのイメージを展開させて欲しかったような気がします。

「生者と死者-酔探偵ヨギガンジーの透視術」新潮文庫(2002年6月読了)★★★★
奇術を売り物にしているバー「ランチ」の経営者・里美の元に、ある日千秋という中性的な美青年が現れます。千秋は、ランチと自分との間に強いつながりを感じたので、そこで働きたいのだと言うのです。しかし千秋は実は記憶喪失者。過去のことをすべて忘れ去っていました。それでも結局里美は、何も聞かずに千秋を雇い入れることに。そしてある日のこと、千秋は店である奇術を目にして不思議な行動を見せます。

ヨギ・ガンジーシリーズの第3作。
とにかくまず構造が面白い本です。ページが16ページごとに袋とじにされており、そのまま読むと短編小説。そして一度その袋とじを開いてみると、その短編小説は跡形もなく見事に消えうせて、1つの長編小説となってしまうのです。本の裏に「史上初、前代未聞驚愕の仕掛け本です。読み方にご注意してお楽しみください。」とありますが、その言葉通り、非常に凝った本。できるものなら未開封のものと、開封済みの2冊を持って楽しみたいですね。(しかし残念ながら本作は現在絶版中。新刊ではまず入手不可能。)
そして肝心の内容の方ですが、短編小説の方は場所や人物の設定、場面転換などが分かりづらく、かろうじて小説としての形態を保っている程度。私は既に袋とじが開かれている本を知り合いに借りたので、16-17、32-33…と16の倍数ごとのページを拾って読むのに気をとられてしまったという面も大きいのですが…。しかし、どこか幻想的な雰囲気をもつ短編の後に現れた長編には、本当に色々と驚かされてしまいました。短編で読んだのとまさに同じページなのに、そこにあるのはまるで違う世界なのです。こういう人物だと思い描いていた登場人物が、実は性別も年齢も違っていたり、名称は確かに同じ「物」なのに、まるで違う「物」の話だったり、同じシーンでも、前後の一言によってまるで違う情景に変貌してしまったり。…あったはずのラブシーンも消えてしまうし、それに最後の208ときたら!やっぱり面白いですね。まさに「ハコシスコマハヨウンシ」です。いやー、こんな本を書くほうも書くほうですし、出版してしまった新潮社さんもすごいですね。この遊び心には本当に脱帽です。

「亜智一郎の恐慌」双葉文庫(2001年1月読了)★★★★★お気に入り
泡坂さんの持つシリーズの主人公・亜愛一郎の祖先、亜智一郎の短編集です。亜智一郎は幕末の江戸城で働く雲見番。雲見番とは、世間的には櫓の上から毎日雲を眺めているだけのお役目なのですが、実は隠れた任務を持っているのです。そしてこの雲見番の頭を勤めるのが、亜智一郎。他には芝居好きの緋熊重太郎、甲賀忍者の末裔・藻湖猛蔵(もこたけぞう)、総彫り物が迫力の古山奈津之助の3人がおり、この4人の直属の上司にあたる鈴木阿波守正團(すずきあわのかみまさあつ)と共に、とぼけた味わいを出しています。

【雲見番拝命】…十三代将軍家定の時代。安政の大地震がきっかけとなり、それまではただの天気予報係だった雲見番が将軍直属の隠密という影の任務を拝命することになります。
【補蛇楽往生】…将軍のみが見ることができる目安箱に不穏な投書があり、その真偽を調べるために、亜智一郎は藻湖猛蔵と共に野州白杉藩に向かいます。そして二人がそこで目にした異様な行列。どうやら補蛇楽往生だということまでは聞き込んだのですが、地元の人間はそれについて語りたがらず…。
【地震時計】…地震を予知するという櫓時計が将軍に献上されます。そして遊郭での2組の心中事件。その中の1人の遊女は、まさに重太郎が前の晩に一緒に過ごしていた花魁でした。
【女方の胸】…将軍家定が病床につき、将軍継嗣問題に城内が揺れ動きます。しかし、子供がいないはずの家定に実は御落胤がいた? 手がかりを求めて、雲見番が動きます。
【ばら印籠】…新しく十四代将軍となった家茂が、オランダ渡りの写真機で撮って欲しいと雲見櫓へ。しかし無事写真を撮り終えた後、亜智一郎は写真に写っている印籠に不自然な物を感じます。
【薩摩の尼僧】…安政の大獄の翌年。未年生まれの13歳になる少女が連続して行方不明になります。そして見つかった遺体は、どれもすべて丸裸で、腹を裂かれた状態で砂浜に打ち上げられていました。なぜ未年の娘だけが狙われるのか。少し異様な雰囲気の作品です。
【大奥の曝頭(しゃれこうべ)】…家茂が将軍を継嗣して4年、そろそろ正室をということで、孝明天皇の妹・和宮さまの降嫁がほぼ決定に。しかしその頃大奥では怪事の話が蔓延していました。真相を探るために、亜智一郎と緋熊重太郎が大奥に潜入します。

幕末の江戸が舞台。いろいろな史実に絡めて、泡坂さんお得意のとぼけたキャラクターが大活躍してくれるので、とても読みやすい1冊。会話や小道具にも凝っていますし、時代物が苦手という人にも入りやすい作品なのではないでしょうか。江戸時代には科学捜査がないので、純粋に謎解きを楽しめるというのもいいですね。
雲見番が隠密の任務を持っているというのは一握りの人しか知らないわけで、もちろん家族にも内緒です。そして雲見番の1人・緋熊重太郎は、安政の大地震の際に片腕を無くし、周囲からは豪胆な男と誤解されているのですが、実体は芝居の好きな優男。雲見番のお役目拝領の際に将軍より妻女を賜るのですが、この妻が才色兼備で、侍としては情けない夫のことを完全に見下している… というこのシチュエーションが「必殺」シリーズの中村主水のようで笑えます。でもまさか、将軍と直接口をきける立場にいるなんて言えないですものね。たまに出てくるやり取りを見ていると少し気の毒かも…。(笑)
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